4月19日 第110日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 04月 19日 - この記事は約2分で読めます。
「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい。役にも立たず、救い出すこともできない、空しいものを追う道へ外れてはならない。それらは、空しいものだ。主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。 (サムエル記第一12:20-22)
「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい。役にも立たず、救い出すこともできない、空しいものを追う道へ外れてはならない。それらは、空しいものだ。主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。
イスラエルの民に恐れが生じ、他の国々のように王が欲しいとサムエルに求めた罪を悔い改めたとき、良い知らせが語られます。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。」 この言葉が、いかに逆のことを言っているかわかりますか? なんとも素晴らしく逆なのです。「恐れよ、あなたがたは、このすべての悪を行った」と言うならわかるでしょう。神を差し置いて別の王を求めるという大きな罪を犯したのなら、恐れるのは当然です。しかし、サムエルの言葉は違いました。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。」
サムエルは続けます。「しかし主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい。役にも立たず、救い出すこともできない、空しいものを追う道へ外れてはならない。それらは、空しいものだ。」
これは福音です。たとえあなたが大きな罪を犯し、主をひどく蔑んだとしても、たとえあなたに今王が与えられ、その王を求めることが罪だったとしても、たとえその罪を取り消すことはできず、この先その罪がもたらす痛ましい結果が来るとしても、それでも将来と希望はあるのです。そこには、あわれみがあります。
恐れてはならない! 恐れてはならない!
そこに、福音の大いなる根拠——基礎であり土台——がサムエル記第一12章22節で述べられます。なぜ、すべての罪を行ったにもかかわらず、私たちは恐れる必要がないのでしょうか? 「主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。」
福音の根拠は、神はご自分の御名のために御業をなさるという約束です。サムエルの言葉を聞きましたか? 恐れてはならない、あなたは罪を犯したが、「主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。」 これはあなたに、二つの影響を与えるはずです。一つは心を砕くほどの謙遜、そしてもう一つは浮き足立つほどの幸福感です。謙遜が与えられるのは、あなたの価値があなたの救いの土台ではないからです。幸福感が与えられるのは、あなたの救いは神のご自分の御名に対する忠誠心と同じくらい確かなものだからです。これほどに、確かなものがあるでしょうか。