5月12日 第133日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 05月 12日 - この記事は約2分で読めます。
あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい。 (ルカの福音書6:27)
あなたがたの敵を愛しなさい。あなたがたを憎む者たちに善を行いなさい。
クリスチャンがなぜ敵を愛するべきか、なぜ彼らに善を行うべきか、その理由は主に二つあります。
一つは、それが神という方を明らかにするからです。神はあわれみ深いお方です。
クリスチャンがこのように生きるとき、神の御力によって、私たちは神というお方の一面を現すことができます。
二つ目の理由は、クリスチャンの心は神によって満たされているからです。復讐、自己陶酔、お金、地上の保証を求めて動かされるのではありません。
神は、私たちを完全に満たす宝となってくださいました。それは、私たちが敵に対して、自分自身の必要や不安からではなく、私たちを満たす神の栄光の満ち満ちた状態によって、接するためです。
ヘブル人への手紙10章34節にこう記されています。「あなたがたは、牢につながれている人々と苦しみをともにし、また、自分たちにはもっとすぐれた、いつまでも残る財産があることを知っていたので、自分の財産が奪われても、それを喜んで受け入れました[すなわち敵に仕返ししなかった]。」 復讐の衝動を取り去るのは、この世が自分の故郷ではないことと、神こそが、完全に確かな、すべてを満たす私たちへの報いであるという、深い確信です。私たちは、「もっとすぐれた、いつまでも残る財産」が与えられていることを知っているのです。
ですから、敵を愛するべき二つの理由を通して、最も大切なことが見えてきます。神の本当の姿、すなわちあわれみ深い神であり、すべてを満たす栄光に輝く神であることが、明らかになるべきだということです。
あわれみ深くあるための力は、私たち自身が神のあわれみを受けて満たされていることを明らかにします。そして、相手を憐れむ究極的な理由は、神に栄光を帰すためであり、それはつまり、人を助けることが神のあわれみによって神ご自身が高められるということです。神の威厳が現されることが、私たちの願いです。私たちの愛が、神のあわれみによって、人の目に、神の偉大さを現すことができますように。