6月19日 第171日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 06月 19日 - この記事は約2分で読めます。
サウルはサムエルに言った。「私は罪を犯しました。兵たちを恐れて、彼らの声に聞き従い、主の命令とあなたのことばに背いたからです。」 (サムエル記第一15:24)
サウルはサムエルに言った。「私は罪を犯しました。兵たちを恐れて、彼らの声に聞き従い、主の命令とあなたのことばに背いたからです。」
なぜサウルは神に従わず、兵たちに従ったのでしょうか? それは、サウルが神を恐れるよりも兵たちを恐れたからです。サウルは不従順に対する神の報いよりも、従順に対する人間の報いを恐れました。サウルは神の不快よりも、兵たちの不快を恐れました。そしてそれは、神に対する非常な侮辱となったのです。
実際、イザヤは神の約束を私たちが無視し、その一方で人のできることを恐れるのは一種の高慢であると言いました。イザヤはこの鋭い神の質問を引用しています。「わたし、わたしこそ、あなたがたを慰める者。/あなたは何者なのか。/死ななければならない人間や、/草にも等しい人の子を恐れるとは。/……あなたを造った主を、あなたは忘れ[ている]」(イザヤ51:12-13)。
恐れることは高慢とは違うように思われるかもしれませんが、神は決して違うことはないと言われます。「人を恐れて、あなたの創造主であるわたしを忘れるとは、あなたは何者なのか!」
重要なのは、あなたがもし人を恐れるなら、それは神と、神の御子イエスの、きよさと価値を否定し始めていることになるということです。神は人よりも無限に強いお方です。神は人よりも無限に賢く、報いと喜びに無限に満ちておられるお方です。
人があなたになし得ることを恐れて神から目をそらすことは、神がご自身を恐れる者に与えておられるすべての約束を軽んじることになります。それは非常な侮辱であり、そのような侮辱を神は喜ばれません。
一方で、私たちの不信仰によって神にもたらされた非難に恐れを抱き、私たちが神の約束に耳を傾け、勇気を持って神に信頼するなら、そのとき、神は大いに讃えられます。そして神は、それをとても喜ばれます。