信仰を通して体験する御霊

7月11日 第193日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 11日  - 

あなたがたに御霊を与え、あなたがたの間で力あるわざを行われる方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それとも信仰をもって聞いたから、そうなさるのでしょうか。

(ガラテヤ人への手紙3:5)

クリスチャンは誰でも、聖霊の内在を得ています。使徒パウロはこう言いました。「もし、キリストの御霊を持っていない人がいれば、その人はキリストのものではありません」(ローマ8:9)。御霊は最初に与えられるのは、神がその御血によって買い取ってくださった約束を、あなたが信じた瞬間です。そして御霊は、この同じ方法で、何度もあなたのもとに来て、働き続けておられます。

さてパウロは、ガラテヤ人への手紙3章5節で、修辞的に問いかけています。「あなたがたに御霊を与え、あなたがたの間で力あるわざを行われる方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それとも信仰をもって聞いたから、そうなさるのでしょうか。」 答えはもちろん、「信仰をもって聞いたから」です。

すなわち、御霊が最初に来てから、その後も続けて御霊が与えられ続けるのは、信仰というパイプがあるからです。御霊が私たちのうちに、また私たちを通して成し遂げてくださることは、信仰によるものです。

みなさんも私と同じでしょうか。私はときに、聖霊が人生の中で力強く働いてくださることを強く願い求めます。自分の人生に、家族に、教会に、また住んでいる街に、御霊が豊かに注がれるよう神に叫び求めることが、あなたにもあるのではないでしょうか。そのような願いは、正しく、良いものです。イエスは言われました。「それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます」(ルカ11:13)。

しかし私自身、しばしば人生の中で実感するのは、神の具体的な約束を信じきれず、最大限の御霊の働きを期待できずにいる自分です。神の約束は、私たちが求めるときに御霊が来てくださるという約束だけではありません。必ずしも直接的に御霊に関することではない、私の将来を神が備えてくださるという尊い約束、たとえば「私の神は……あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」(ピリピ4:19)というような約束です。神の御霊は、特定の状況に対する特定の約束を信じる具体的な行いによってこそ、継続的かつ力強く与えられるのです。果たして私は今、神が成してくださると約束してくださったことを信じているでしょうか。

これこそ、多くのクリスチャンが人生の中で御霊による力強い働きを求める中で欠落している体験です。御霊が私たちに与えられるのは、「信仰をもって聞いたから」です(ガラテヤ3:5)。それは、御霊に関する一つや二つの約束だけでなく、私たちの将来に、私たちのために行ってくださること、私たちとともにあってくださること、そして私たちに必要なすべてを与える、魂を満たす神のご臨在すべてに関する約束です。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, We Experience the Spirit Through Faith.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:We Experience the Spirit Through Faith.