8月7日 第220日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 08月 07日 - この記事は約2分で読めます。
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。 (創世記1:27)
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。
神は人をご自身のかたちに造られました。それは、この世界が神を映し出す人、神のかたちで、満たされるためです。七億もの、神の像で埋め尽くされるのです。そうすれば、誰も創造のみわざの意味を見逃すことはないでしょう。
誰も(石でつくられた盲人でない限り)、人間性の意味である神——すなわち神を知り、神を愛し、神を示すことを、見逃すことはないはずです。イザヤ書6章3節では、御使いたちが叫んでいます。「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。/その栄光は全知に満ちる。」 地は何十億もの、神のかたちの人間で満ちています。栄光の遺跡です。
しかし、人間だけではありません。自然も同じです! こんなにも美しい、息を呑むような世界に私たちが住んでいるなんて、こんなにも広大な宇宙が広がっているなんて、到底理解することはできません。
何かで読んだことがあるのですが、この宇宙にある星の数は、全人類がこれまで語ってきた言葉、口にした音の数よりも、多く存在しているそうです。一体なぜそんなにも多くの星があるのでしょうか? なぜそんなに大きく、眩しくて、想像できないほど広範囲に広がっているのでしょうか? 聖書はこれについて、「天は神の栄光を語り告げ」と(詩篇19:1)、実にはっきりと述べています。
こう尋ねる人もいるでしょう。「宇宙の中で、地球にしか生命が存在していなくて、人間だけが理性的な住人なのだとしたら、どうしてこんなに広くて空っぽな宇宙が必要なのか?」 答えはこうです。それは、私たちのためのものではないからです。天地は神のためにあります。しかも、これでもまったく足りないほどです。神は、存在するすべての銀河を合わせたよりももっと栄光に満ちておられ、もっと力強く、もっと広大で、もっと眩しいお方です。ある賢人がこう言いました。宇宙など、神にとってはポケットに入っているピーナッツのようなものだと。
神は、私たちを造られました。それは、私たちが神を知り、神を愛し、神を示すためです。そして、神はご自分がどのようなお方か、わずかなヒントをくださいました。それが宇宙です。