9月7日 第251日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 09月 07日 - この記事は約2分で読めます。
ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。……どんなことがあっても、反対者たちに脅かされることはない、と。……あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。 (ピリピ人への手紙1:27-29)
ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。……どんなことがあっても、反対者たちに脅かされることはない、と。……あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。
パウロは、ピリピの人々に、キリストの福音にふさわしく生活することは、敵の前で恐れないことだと告げました。その後で、恐れないことについての論理を述べています。
その論理とは、次の通りです。神はあなたに賜物を二つ与えられました。一つだけではありません。それは、信仰と苦難です。これが、29節に記されていることです。「あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。」 信じるために与えられ、また苦しむために与えられたのです。
この文脈では、それは何を意味するのでしょうか。それは、苦難と、それに直面するあなたの信仰は、神からの賜物であるということです。パウロは「反対者たちに脅かされることはない」と言いましたが、そこには恐れる必要がない二つの理由が想定されていました。
ですから、敵対者に直面しても恐れない論理は、二重の真理にあります。あなたの敵も、その敵に直面するあなたの信仰も、神からの賜物です。
なぜこれが、「キリストの福音にふさわしく生活」することなのでしょうか? それは、福音とは、キリストの契約の血が私たちに信仰を与え、私たちの敵を治めるという神の主権的な御業を、すべての民のために——常に私たちの永遠の益のために——絶対的に獲得したという良い知らせだからです。したがって、そのように生きることは、福音の力と善良性を示しているのです。
ですから、恐れてはいけません。あなたの敵対者たちは、神が許される以上のことは何もできません。そして神は、あなたに必要なすべての信仰を与えてくださいます。この約束は、血によって買い取られ、封印されています。これこそ、福音の約束です。