10月20日 第294日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 20日 - この記事は約2分で読めます。
「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。/『天にいます私たちの父よ。/御名が聖なるものとされますように。』」 マタイの福音書6:9
「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。/『天にいます私たちの父よ。/御名が聖なるものとされますように。』」
主の祈りの中で、イエスは、祈りで何よりもまず求めるべきは天の父に主の御名が聖なるものとされるように願うことだと教えています。私たちの中で、教会の中で、そして世界の中で、あらゆる場所で御名が聖なるものとされることです。
注目すべきは、これは嘆願、つまり要求であることです。宣言や称賛ではありません。賛美の表現ではなく、嘆願です。私は何年にもわたって、主の祈りは賛美から始まっているのだと勘違いしていました。「神を讃えよ、主の御名は聖なるものとされ、畏れられ、あがめられている!」と——。しかしこれは、称賛ではありません。懇願です。神に対して、神ご自身の名が聖なるものとされるようにと願う、要求なのです。
これは、マタイの福音書9章38節でも同じです。イエスは、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさいと言われます。私はこの箇所を読むたびに驚きをおぼえずにはいられません。私たち働き手は、私たちよりも収穫について熟知しているであろう畑の持ち主に、収穫のための働き手を加えてほしいと願いなさいと、指示されるのです。
しかし、これは主の祈りで私たちが求めることと同じではないでしょうか。神はご自身の御名の栄光に対して限りなく妬まれるお方です。イエスは、その神の名が聖なるものとされるように願いなさいと私たちに教えておられるのです。それは、神の名が最も尊いものとしてあがめられ、畏れられ、ほめたたえられることを意味します。
これは驚くべきことですが、そう記されているとおりです。そしてこのことは、私たちに二つのことを教えています。
あなたの心を神の妬みと一致させ、神の御名が聖なるものとされることを願いましょう。そうすれば、あなたの祈りは大きな力を持ちます。神の御名が聖なるものとされることを、あなたの最初の祈り、そして強い意志による祈りとしましょう。それによって、あなたの祈りはご自分の御名を妬まれる神の力と繋がった祈りとなるでしょう。