10月21日 第295日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 21日 - この記事は約2分で読めます。
「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。」この奥義は偉大です。私は、キリストと教会を指して言っているのです。 エペソ人への手紙5:31-32
「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。」この奥義は偉大です。私は、キリストと教会を指して言っているのです。
エペソ人への手紙5章31節で、パウロは創世記2章24節のモーセの言葉——イエスはモーセを通して神が語られたと言われました(マタイ19:5)——を引用しています。「それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。」 パウロは、人が罪に堕落する前に語られた、この神のことばは、キリストと教会を指しているのであって、ゆえに偉大な奥義であると言っています。
これは、神が男と女を創造し、結婚の結合を制定されたとき、彼らがどのような関係を持つかは偶然に決まったわけではないということを意味します。神はサイコロを投げたり、くじを引いたり、コインを投げたりして決めることはされませんでした。神は結婚の関係を、すでに永遠の計画として存在した御子と教会との関係にならって、非常に意図的に定められたのです。
ですから、結婚は奥義です。つまり、結婚には私たちが表面的に見るもの以上に、偉大な意味が含まれ、隠されているということです。神が人を男と女に造られ、結婚を制定されたのは、キリストと教会の永遠の契約関係が結婚の結合を通して具現化されるためです。
パウロがこの奥義から引き出す結論は、結婚における夫婦の役割は、恣意的に割り当てられたものではなく、キリストと教会に明確に割り当てられた役割に根ざしているということです。
結婚している私たちは、この奥義を何度も何度も思い巡らさなければなりません。神が、私たち自身よりもはるかに大きく偉大な、実に壮大なる神の現実を、私たちの結婚を通して具現化されるように定められたとは、なんと不思議で素晴らしいことでしょうか。
このキリストと教会の奥義は、パウロの説明する結婚における愛のかたちの土台となっています。それぞれ夫と妻が相手の喜びを自分自身の喜びとして追求するべきだ、と言うだけでは不十分です。真実ではありますが、十分とは言えません。重要なのは、夫と妻は、神がキリストと教会に意図された関係を意識的に模倣すべきだということです。それはつまり、夫と妻は、神の純粋で喜びに満ちた設計に基づくキリストと教会の特別な関係に倣って生きることを追い求める必要があるのです。
あなたが独身であっても、既婚者であっても、また年齢に関わらず、このことを真剣に受け止めてくださることを願っています。契約を守るキリストと、キリストの契約を守る教会の啓示は、ここにかかっているのです。