10月31日 第305日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 31日 - この記事は約2分で読めます。
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。」 コリント人への手紙第二12:9
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。」
神がすべてのクリスチャンの苦しみに抱いておられる普遍的な目的——それは、神へのより深い満足と、自分と世界へのより少ない依存です。「人生の中で本当に教訓を得たのは、安泰と安らぎの時期だった」などと誰かが言うのは聞いたことがありません。
しかし、強い聖徒がこのように言うのは聞いたことがあります。「神の愛の深さを理解し、神にある成長が深く根を張るとき、それが今までにないほどの大きな前進を遂げるときは、必ず苦しみの中にいるときだった。」
最大の犠牲から生まれる珠玉は、キリストの栄光です。
だからこそ、パウロは私たちの苦しみにあってこそキリストの十分な恵みがより明らかになると強調しているのです。災難に直面するとき、私たちがキリストに信頼するなら、そしてキリストが私たちの「希望にある喜び」を保ってくださるなら、キリストはすべてを満たす神の恵みと力そのものであられることが示されます。
「ものみな消ゆとも(聖歌『望みはただ主の』)」、キリストにしっかりとつかまっているなら、私たちは失ったすべてのものよりキリストこそ追い求めるに値するお方であることを示すのです。
キリストは、苦しむ使徒たちに言われました。「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。」 パウロはこれに対して、こう応答しています。「ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ喜んで自分の弱さを誇りましょう。ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(IIコリント12:9-10)。
このように、苦しみとは、クリスチャンが自分に頼るのをやめて恵みにより頼むことを教えるためだけでなく、恵みに光を当てて輝かせるために神が設計されたものであることは明らかです。信仰はまさにこのように働きます。キリストの将来の恵みをより明らかにするのです。
苦しみの中でこそ、神にある深い部分が見出され、より明らかになります。