私たちは神の家

11月11日 第316日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 11月 11日  - 

家よりも、家を建てる人が大いなる栄誉を持つのと同じように、イエスはモーセよりも大いなる栄光を受けるにふさわしいとされました。家はそれぞれだれかが建てるのですが、すべてのものを造られたのは神です。モーセは、後に語られたことを証しするために、神の家全体の中でしもべとして忠実でした。しかしキリストは、御子として神の家を治めることに忠実でした。そして、私たちが神の家です。もし確信と、希望による誇りを持ち続けさえすれば、そうなのです。

ヘブル人への手紙3:3-6

イエス・キリストを誇りとし、この方に希望を抱く人は、神の家です。それはつまり、イエスは今日というこの日において——モーセの時代でもなく、イエスが地上に生きておられた時代でもなく、今日——私たちの創造主、所有者、支配者、備え主であられるということです。

イエスは「家を建てる人」と呼ばれています。モーセは家を建てる人ではなく、家の一部でした。だからこのように記されています。「家よりも、家を建てる人が大いなる栄誉を持つのと同じように、イエスはモーセよりも大いなる栄光を受けるにふさわしいとされました。」 つまりモーセは、家を率いて、その家に神のことばを語ることで偉大な人物でしたが、それでも家の一部に過ぎませんでした。しかし、イエスはその家を建てられたのです。

ですから、もし私たちがイエスを誇りとし、イエスに希望を抱くなら、私たちは家であり、イエスはその家の建設者であり、所有者、支配者、備え主です。イエスはご自分の家が滅んだり、荒廃したりするのを決して許されません。

ここでヘブル人への手紙の著者は、別の比喩を用います。家を建てる人とその家の比喩から、御子としもべの比喩に変わります。「モーセは……神の家全体の中でしもべとして忠実でした。しかしキリストは、御子として神の家を治めることに忠実でした。」 つまりキリストは、ご自分で建てた家の一部——家族の一部——となられました。しかしそれでもなお、イエスの栄誉はモーセよりもはるかに優れたものでした。モーセはしもべであり、キリストは御子です。つまり、相続人です。

そして、私たちはこの家の一部です。ヘブル人への手紙3章6節に、こう記されています。「そして、私たちが神の家です。もし確信と、希望による誇りを持ち続けさえすれば、そうなのです。」 当然私たちは、モーセを敬い、彼が受けるべき敬意を払います。しかし、ヘブル人への手紙全体の要点は、キリストは、より優れた方である、ということです。キリストはすべての点で優れています。キリストは神の民の家を建てられました。そしてキリストは、神の民の家の御子です。私たちは、モーセを敬います。しかし礼拝するのは、私たちの創造主であり、私たちの兄弟である、イエス・キリストです。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, We Are His House.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:We Are His House.