11月23日 第328日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 11月 23日 - この記事は約2分で読めます。
神は、アブラハムに約束する際、ご自分より大いなるものにかけて誓うことができなかったので、ご自分にかけて誓い、「確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたを大いに増やす」と言われました。 ヘブル人への手紙6:13-14
神は、アブラハムに約束する際、ご自分より大いなるものにかけて誓うことができなかったので、ご自分にかけて誓い、「確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたを大いに増やす」と言われました。
この世界のすべての価値あるものを合わせても、それとは比べものにならないほどの価値と、誉れと、尊厳と、尊さと、偉大さと、美しさと、信頼を持っておられる方がただ一人います。それは、神ご自身です。ですから、神が何かにかけて誓うとき、それはご自分にかけて誓われることになります。
もしさらに大いなるものにかけて誓うことができたなら、そうされたでしょう。なぜでしょうか? それは、あなたの希望を力強く励ますためです。では、神がご自分にかけて誓うということは何を意味するのでしょうか? それは、神が私たちを祝福するというご自分の約束のことばを破ることは、神ご自身が自らを軽んじることほど起こり得ないことだ、ということです。
神は宇宙の中で最も価値のある方です。神より価値のあるものや、神よりすばらしいものはありません。ですから、神はご自分にかけて誓われるのです。その誓いに際して、神は「わたしに対して、あなたが持ちうる限りの深い信頼を持ってほしい」と言っておられます。もしそれ以上の保証が可能であったなら、ヘブル人への手紙6章13節にあるように、その保証を私たちに与えられたでしょう。「神は……ご自分より大いなるものにかけて誓うことができなかったので、ご自分にかけて誓[われた]」
これが、私たちの神です。あなたが揺るぐことのない希望を神のうちに抱くことができるように、届く限り高く手を伸ばしておられる神なのです。ですから、神のもとに隠れ、逃れてください。世のうわべだけの、自らを滅ぼすような希望に背を向け、神に希望を置いてください。私たちの避けどころ、希望の岩は、神の他に何も、誰も、ありません。