お盆・祈りを深める一週間 第7日
幸﨑麻衣子(著者) - 2024年 08月 16日 - この記事は約2分で読めます。
肉の父はわずかの間、自分が良いと思うことにしたがって私たちを訓練しましたが、霊の父は私たちの益のために、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして訓練されるのです。 へブル人2:10
肉の父はわずかの間、自分が良いと思うことにしたがって私たちを訓練しましたが、霊の父は私たちの益のために、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして訓練されるのです。
聖書の語る「霊の父」に目を向けましょう。この方、天の父なる神こそが、完全な愛で私たちを愛し育ててくださるお方です。世の愛と神の愛は全くの別物です。世の愛は、価値・功績のある者に対する愛、また所有したいという願望であるのに対して、神の愛とは価値や功績とは全く無関係に注がれる愛、与えようとする愛、無条件の愛です。
神の愛を示してくれるのはイエス・キリストの十字架です。十字架無しには、私たちが神の愛を経験することも、神の愛が何かを知ることもありませんでした。十字架で罪無き御子が罪人のために全てを捨て、何の功績もない私たちの為に死なれました。これが神の愛です。神との親しい関係の中で生き、神の愛を実践する中で、私たちはますます父母を愛し敬うことができるよう変えられていきます。
私たちは神の基準に到達することも神の教えを完全に守ることもできません。それでも私たちは神の私たちへの愛を覚えて、父母(また全て自身の上に立てられた人々)に、あらゆる敬意と愛と誠実を示し、全ての良い教えや懲らしめには相応しい従順を持って従い、彼らの欠けさえも忍耐できるよう求めたいと思います。私たちは全生涯にわたり自身の罪深い性質をますます深く知っていき、それだけ熱心にキリストを求めるようになるでしょう。その歩みの中で私たちは絶えず神の恵みを請い、この生涯の後に完成という目標に達する時まで、日々神のかたちへと新しくされていくのです。