こんなにすばらしい救いをないがしろにした場合、私たちはどうして処罰を逃れることができるでしょう。 ヘブル人への手紙2:3 あなたは心の内に救いのすばらしさを感じていますか? それとも、救いをないがしろにしているでしょうか? 救いのすばらしさに、あなたは応えていますか? それとも、救いを遺言状や車の所有権証書、あるいは家の権利書のように扱っていませんか? つまり一度サインしてしまえば、あとは書類をしまう引き出しに入れたままで、心の中ではさほどすばらしいものとは思っていないのではないですか。救いについて考えることは滅多になく、日々あなたに何の影響も与えないでしょうか。それは、救いをないがしろにしているということです。 しかし、そのすばらしい救いをないがしろにするとき、あなたは実際のところ何をないがしろにしているのでしょうか? ヘブル人への手紙の著者が「あなたのすばらしい救いをないがしろにしてはいけない!」と言う意味は、以下のようなものです。 神に愛されていることをないがしろにしてはいけない 全能の神によって赦され、受け入れられ、守られ、力付けられ、導かれていることをないがしろにしてはいけない 十字架でささげられたキリストの犠牲をないがしろにしてはいけない 信仰によって転嫁された無償の義の賜物をないがしろにしてはいけない 神の怒りが取り除かれたことによる、神の和解の微笑みをないがしろにしてはいけない 聖霊が内在し、生けるキリストが交わり友でいてくださることをないがしろにしてはいけない イエスの御顔に輝く神の栄光をないがしろにしてはいけない 尽きることのない宝である神の約束をないがしろにしてはいけない この救いは、紛れもなくすばらしい救いです。これをないがしろにすることは、非常に悪であると言えます。これほどすばらしい救いをないがしろにしてはいけません。もしないがしろにするなら、私たちは処罰を逃れることができるでしょうか? ヘブル人への手紙の著者はこのことを問いかけています。「こんなにすばらしい救いをないがしろにした場合、私たちはどうして処罰を逃れることができるでしょう。」 ですから、クリスチャンでいることは、真剣勝負なのです。つまらないものなどではなく、真剣であるべきものです。私たちは自分のすばらしい救いを喜ぶことについて、心底熱心になるべきです。 私たちは、この世の罪のはかなく破滅的な快楽へと流されません。私たちは、神にある永遠の喜びをないがしろにはしません。それこそが、この救いの目的なのです。私たちは自分の目をくり抜いてでも、こんなにもすばらしい救いから決して離れません。 聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会 THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Do You Neglect Your Salvation?.この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Do You Neglect Your Salvation?.