以下にまとめられた資料は、ポール・タウチェス牧師の「Counseling One Another(信徒同士のカウンセリング)」というウェブサイトに掲載されていたものです。今回ポール氏のご好意により、BCCの無料リソースとして提供できることになりました。
目次
自殺の判断※
友人や家族に自殺の恐れがあるとき、あなたはどうしますか。自殺をほのめかす人の発言がどれくらい深刻で、あなたの「自殺してしまうのではないか」という心配はどのくらい妥当なのか、どのように判断すればよいのでしょうか。下の「自殺の判断ツール」は、警察でチャプレンを務めるブルース・レイ牧師の小冊子、『Help! My Friend Is Suicidal(助けて!友だちが自殺しそう!)』に載っているものです。
自殺願望のある友人の心の叫びを聞こう!
物怖じすることなく、自殺について話しましょう。自殺願望のある人は、自分の考えを話したいと考えています。でも、家族や友人がそうさせないことが多いのです!あなたが解決策を提示する必要はありません。ただ傍にいて、いつでも話を聞くよ、という姿勢が大切です。友人の言うことを真剣に受け止めてください。彼らの悩みを軽くあしらってはいけません。「そんなに心配することないよ」と言うべきではありません。友人にとっては一大事なのです。あなたがああしろ、こうしろと友人に指示するのではなく、神が望んでおられることを聖書から示してあげてください。友人の手に負えなくなっている思いをすべてイエス・キリストの御前に差し出し、彼らがみこころに従えるように手伝うのです。「私たちは様々な議論と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち倒し、また、すべてのはかりごとを取り押さえて、キリストに服従させます」(IIコリント10:5)。
疑わしいときは、尋ねよう!
友人の意図がはっきりしない場合は、「自殺を考えているのか」と、単刀直入に尋ねましょう。こう質問することは、あなたの直感に反する、すべきこととは正反対のことのように思われるかも知れませんが、質問することで相手を自殺に追い込むことはありません。友人の考えていることや感じていることを話してもらえば、そこで少しガス抜きされて、時間を稼ぐことができるかも知れないのです。友人が考えている自殺の計画について、できるだけ多くのことを学んでください。下に自殺の危険度を測る8つの判断基準を記します。「自殺の判断ツール」として活用してください。
- 具体的な計画の有無:あなたの友人は、いつ、どこで、どのように自殺をするか、考えていますか。「どのようにかはわからないけど、死んでやる」というような漠然とした考えに比べ、具体的な計画がある方が、はるかに実行に移される可能性が高いです。
- 計画の危険性:友人の計画は、どのくらい危険ですか。ビタミン剤を過剰摂取する計画ならばあまり心配はいりませんが、銃を使う、高速道路の高架から飛び降りるなどと言っているようであれば、かなり深刻なので注意します。
- 計画実行手段の有無:あなたの友人は、計画を実行するために必要なものを持っていますか。あるいは、簡単に手に入れることができますか。
- 助けの有無:助けが近くにあるかどうかで、自殺の本気度が測れます。フレッドは妻が亡くなった後、娘家族のところに移り住みました。娘家族はフレッドが来たことを喜び、フレッドはガーデニングに精を出していました。しかしある晩、フレッドは散歩に行くと言って出かけました。彼が向かったのは隣町の公園でした。そして公園の奥にあるガゼボ(東屋)で拳銃自殺をしました。自殺を決意したフレッドは、計画の邪魔になる人が近くにいないように、遠い所まで行ったのです。
過去に自殺未遂があった場合は、続く4つの項目も足してください。
- 過去の自殺未遂の危険度:以前の試みはどのくらい危険でしたか。意図的に失敗したような未遂騒動がありましたか。その時と比べて、友人の決意は固くなっているでしょうか。
- 過去の自殺未遂の本人評価:過去の未遂が実際にどれほど危険だったかは別として、本人は自分の未遂体験がどれくらい危険だったと認識しているでしょうか。
- 過去の自殺未遂が未遂だった理由:あなたの友人は、どのように過去の自殺未遂から救出されましたか。自分でわざと死なない程度の手段を用いたのでしょうか。それとも、友人や他の人が助けたので未遂に終わったのでしょうか。
- 自殺未遂のタイミング:救助されることを期待して自殺を図る人もいます。リンダは、ガレージの車の排気管に掃除機のホースを取り付け、助手席に引き込みました。別れた夫が子どもを迎えに来たときに発見し、助けてくれると思ったのです。しかし、リンダは夫が歯医者の予約を入れていたことを忘れていました。その結果、リンダは死に、一酸化炭素が家にも充満して、子ども達まで危うく命を落とすところでした。
うつ病になると、自殺願望のある人は相反するシグナルを発信するようになります。最も危険な時期のひとつは、下り坂にある時です。人生が辛く、どん底に近い状態にあるのですが、まだ計画を実行するエネルギーが残っている時です。
本当のどん底にいる時、人生は平坦で、うつ病の人は何もする気力がありません。学校や職場に行かず、何も手につかず、ベッドやソファから起き上がれない状態が長く続く時期です。
うつ状態から抜け出し始めた時が、もうひとつの危険な時期です。少し元気を取り戻し、再び計画を実行できるようになるためです。周囲にいる人は、「ここ数日、大分気分が良さそう」と、自殺願望のある友人が良くなってきていると誤解してしまうことがあります。気分が良さそうに見えるのは、自殺の計画があって、それを実行するエネルギーが出てきたからなのかも知れないのです。
英雄になろうとしない
自殺を阻止しようと介入することは危険を伴います。自殺願望のある人と計画実行の手段との間に身を置くことになるわけですから。あなたの優先順位は、常にあなた自身の安全が第一でなければなりません。英雄にも、犠牲者にも、ならないようにしましょう。警察、消防、地域の自殺防止センターなど、適切なところから助けを求めてください。
※日本語訳の読者の方へ:
CBI Pressの記事を読んでくださってありがとうございます。この記事はもともと英語で書かれたものであり、アメリカの読者を助ける目的で書かれています。日本で自殺願望のある方を助けたいと考えておられる方に注意していただきたい点を、ご参考までに補足いたします。
記事の本文に「自殺の判断ツール」がありますが、その2番目に「計画の危険性」という項目があります。「銃を使う、高速道路の高架から飛び降りる」などは、日本では自殺の方法としてあまり用いられません。その代わりにカッターやハサミを使ったリストカット、紐を使った窒息死、高いところから飛び降りる、薬物のオーバードーズが多いので、そのような方法を考えていないか、注意して耳を傾けてください。
また、日本ではアメリカほど薬物が規制されておらず、「(薬物の)オーバードーズ(過剰摂取)をした」という自殺相談件数が多くあるようです。記事では「ビタミン剤を過剰摂取する計画ならばあまり心配はいりません」と書いてありますが、例えば風邪薬、咳止め、睡眠薬、頭痛薬を過剰摂取しているという人には、特別な注意が必要かもしれません。
自殺にまつわる11の神話と誤解
この堕落した世界にあって、自殺の件数は増加しています。この痛ましい自殺の問題をより良く理解するように努めたいものです。賢明な友人、相談相手になれるように学びを深めるとともに、希望や生きる意欲を失った人、大切な人の自殺によって人生が永遠に変わってしまった人に、イエス・キリストの恵みと真理を伝えることができるように祈りましょう。
以下の記事も警察及び消防でチャプレンを務めるブルース・レイ牧師によるものです。
自殺に関しては多くの神話や誤解があり、それが自殺願望のある人を効果的に助ける上で障害となっています。ここでは、そうした神話や誤解のいくつかを、簡単なコメントとともに紹介します。
- 自殺の原因は常にうつである:実際には、怒り、復讐、自責の念、薬物やアルコールの乱用など、他の要因が自殺の原因となっていることもあります。ビルとメアリーは若いカップルで、同棲していました。二人は記念日を祝うためにバーへ行き、お酒を飲みました。ビルはメアリーが他の客に色目を使っていたと非難しました。帰り道、二人はずっと口論しました。家に着くとビルは、自分がどれほど傷ついたかをメアリーに示すために、彼女の目の前で自殺しました。
- 自殺をほのめかしても本当に自殺するわけではなく、周囲の注意を引きたいのだ:自殺未遂が助けを求める心の叫びであることも確かにあります。でも「オオカミ少年」の寓話を思い出してください。ある日本当にオオカミが来たときに、彼を信じる人は誰もいませんでした。自殺の予告が単なる注目集めだと考えるのは危険です。
- 自殺を考えるイコール自殺をする:時々、ほんの一瞬、自殺について考えるという人は多くいますが、実際に自殺することはありません。自殺を考えることが、実際に自殺の計画を立てるところまで発展していったら、その時が心配するときです。
- 自殺願望のある人に自殺の話をしたら、自殺を促してしまう:自分のせいで自殺されることを恐れて、私たちは自殺について話すことを避けてしまいます。実際には、本当に話を聞いてくれ、対話してくれる人に自分の思いや気持ちを打ち明けることで自殺願望のある人が救われ、自殺をする必要がなくなることもあるのです。
- 真の信仰者が自殺をすることはない:サムソンは、神に選ばれてペリシテ人から民を救い、民を守った士師でした(士師記13-16章)。サムソンには多くの欠点がありましたが、信仰は本物だったように見受けられます。サムソンは彼を捕らえたペリシテ人の上に神殿が崩れ落ちるように最後の力を神に祈り求め、自分もそれによって死にました。サムソンの名は、聖書の「偉大な信仰の章」(ヘブル11章)で、「信仰によって、国々を征服し、正しいことを行い、約束のものを手に入れた」人のうちに挙げられています(ヘブル11:32-33)。(サムソンの死が自殺か殉教かを議論する人もいます。)信仰者が自殺に至るには様々な要因が絡んでいることがあります。ボブ牧師はある夜、拳銃自殺をして皆を驚かせました。何週間も経って、彼が服用していた新しい心臓病の薬の副作用に、うつと自殺念慮の可能性があったことを彼の妻が発見しました。もし知っていたら、用心のために家から銃を撤去し、心臓の専門医と薬を変えることについて話し合うこともできたはずです。
- 自殺は前触れもなく起こる:実際には、自殺願望のある人のほとんどが、自殺を考えているという警告サインを出しています。問題は、それが警告のサインであることを、事後になるまで気づかないことが多いことです。
- 自殺願望が芽生えたら消えることはない:そんなことはありません。精神科の専門家が自殺をしようとしている人に強制的に72時間寄り添うのは、彼らを安全な場所に置いて危機を乗り越えさせ、他の選択肢を考えられるようにするためです。
- 気分が上がればリスクは下がる:必ずしもそうではありません。実は、自殺の決意が固まったからこそ、気分が良くなったように見えることもあるのです。
- 自殺願望のある人は死にたいのだ:多くの場合、自殺したい人は苦痛を終わらせたいのですが、苦痛を終わらせる選択肢も希望も、もはやなくなったと考えています。「このまま生きていきたくない」というのは、「死にたい」とは違います。
- 家族に自殺者がいると自殺の可能性が高くなる:それはよくあることですが、だからと言って、自殺が遺伝するわけではありません。むしろ、健全ではない問題への対処方法や、解決策が見つからないときには人生を終わらせても良いという考えが育ってしまう土壌に問題があるでしょう。
- 自殺をする人は、精神を病んでいる:ネバダ州の自殺防止計画には、「自殺した人の90%は、死亡時に診断可能な精神衛生および/または薬物使用障害がある」としています。しかし、そのわずか4行後で、「ネバダ州で自殺した人の90%以上は、精神科の専門医に診てもらっていない」と認めています【ネバダ州保健福祉局】。では、何をもって「診断可能な精神の障害」としているのでしょうか。私には、これは循環論法に聞こえます。「自殺する人は、精神を病んでいるに違いない。ジェニーは自殺した。ジェニーは精神を病んでいたに違いない」。このような考えでは、自殺願望のある人と話す際、あなたはすぐに信用を失ってしまうでしょう。
自殺願望のある友人を助けることはできる
ブルース・レイ牧師は上の記事で、自殺について一般的に信じられている11の神話と誤解を正しました。次の記事では、この堕落した世界で自殺の問題がいかに蔓延しているかという、恐ろしい現実を紹介します。レイ牧師は、私たちが準備しておくことで、自殺願望のある友人を助けることができると励ましています。現に、危機的な状況に陥った人を緊急に援助する「危機介入」の分野で働く人たちは、「かなりの数の自殺は、助けがあれば防ぐことができる」と言っています。下の記事は、レイ牧師の新しい小冊子『Help! My Friend Is Suicidal(助けて!友だちが自殺しそう!)』の序章からの引用です。
一週間のうちに3件の自殺の通報を受けたベテラン刑事が、私を見て呻くように言いました。「自殺が多すぎる!」と。彼はそれ以上何も言わずにその場を立ち去りました。私は彼を追うべきだったかもしれませんが、そうしませんでした。
あの日、私の友人刑事を参らせた思いは、私の疲れた心の中でも渦巻いていました。「一体何が起こっているんだ。地元の会社で働いていたキャシー。気さくで人気者だったのに、なぜ昼休みに命を絶ってしまったのだろう。ティーンエイジャーになったばかりのジミー。人生これからだって言うのに、なぜ自ら人生を終わらせてしまったのだろう。マットはどうだ。あんなに良い旦那で優しい父親だったのに。奥さんと子どもにはまだ彼が必要だというときに、なぜ家族を捨てて逝ってしまったんだ」
もちろん、人は死ぬものです。老衰や癌で死ぬ人も、交通事故や災害、戦争で死ぬ人もいます。中には殺人事件の被害者になる人がいることも、私たちは承知しています。でも自殺は違います。自殺は、自らを死に追いやるのです。自殺は本人の選択です。なぜなのでしょう。なぜ今日、こんなにも多くの人が、辛い人生を解決するには自殺しかないと考えるのでしょうか。私はこの20数年、自殺について大いに考えさせられました。そして自殺願望のある人についても、多くを学びました。
自殺は何も新しいものではありません。けれども、これほど社会で受け入れられ、件数が増えてきたのは新しい現象です。20世紀初頭、マサリクは自殺を 「現代特有の社会病」と呼びました。そのわずか50年後、マイヤーズはうつ病を「誰もがかかる、精神的な風邪」と言っています。今日、アメリカでは毎年3万6千人以上の自殺が確認されています。(2009年には36909件報告されました。)これは1日に101人、1時間に4人、15分に1人が自らの命を断っている計算になります。まさに「自殺が多すぎる!」のです。
しかし実際の数字はもっと多いと考えるべきでしょう。報告される1件の自殺の裏には、25件の自殺未遂があるとされています。2006年には、自殺未遂で病院の救急治療室に搬送された人が60万人に上りました。
こうした統計は役に立つ情報です。けれども数字の裏に、夫や妻、母親や父親、息子や娘、友人や隣人、同僚や同級生といった、「人」がいることを忘れてはいけません。
自殺についての文献では、よく自殺に関わる段階を3つに区別します。自殺予防(プリベンション)、自殺介入(インターベンション)、事後対応(ポストベンション)の3つです。「ベンション」はラテン語の「venire」(来る)に由来し、「プリ」は「前」、「インター」は「間」、「ポスト」は「後」という意味です。
小冊子『Help! My Friend Is Suicidal(助けて!友だちが自殺しそう!)』では、自殺の予防と介入を取り上げます。自殺の警告サインを見極め、自殺が起こってしまう前に、自殺願望のある人の気持ちを静めることができれば、自殺を防げる可能性は高いのです。
助ける資格はあなたにもある
もしあなたが主を知っており、イエスを愛する信仰者なら、自分で思っている以上に自殺願望のある人を助けることができるはずです。ブルース・レイ牧師はこのように書いています。「あなたは、自分は準備不足だと感じるかも知れません。でも、自殺願望のある人を助けるために必要なものを、あなたは持っています。専門のカウンセラーが現れるずっと前から、行き詰った人たちは家族や友人に支えられて困難を乗り越えて来たのです。使徒パウロは、ローマのクリスチャンに宛てた手紙で次のように書いています。これは、教会の指導者だけに向けて書かれたのではなく、教会全体に宛てて書かれたことですよ。『私の兄弟たちよ。あなたがた自身、善意にあふれ、あらゆる知識に満たされ、互いに訓戒し合うことができると、この私も確信しています』(ローマ15:14)。」信仰者であるあなたは、3つのとても大事な資格を持っているということです。
- あなたには、他の人を助ける資質があります。イエス・キリストによって贖われ、御霊に満たされた信仰者として、あなたは「善意にあふれ」ています。あなたは他の人を気遣い、他の人に害を与えるのではなく、善を行おうと努める人なのです。
- あなたには、他の人を助ける知識があります。あなたは友人の直面している問題の全容を知らないかもしれないし、自殺の専門家ではないかもしれませんが、あなたには聖書に啓示された神の知恵があるのです。
- あなたには、人を助けたいという動機があります。あなたは「互いに訓戒し合うことができ」ます。ここで「訓戒する」と訳されている単語は、「(ある考えを)頭に入れる」という意味で、他のところでは「忠告する」、「警告する」、「助言する」と訳されています。相手の考え方や生き方に望ましい変化をもたらすために、愛をもって向き合う姿勢を指しているでしょう。あなたが人を助けたいと願う動機は、その人の益のためであり、自分のためではありません。
ただ覚えておいてほしいのは、英雄になろうとしないことです。もしあなたの友人や家族の命が危険にさらされているなら、市当局など、神によって立てられた権威を頼って、彼らの命を守ってもらわなければいけません(ローマ13:1-7)。けれども安全が確保されたならば、「専門家に任せる」だけではいけません。専門家に任せるべき時があるのは確かですが、彼らにとってはあなたが、今必要な存在なのです。主があなたを用い、みことばを用いて、あなたの友人の心と思いをイエス・キリストへと向かわせてくださることを信じましょう。キリストは、永遠のいのちを与えるためだけでなく、今、豊かにいのちを得るためにも来てくださったのですから(ヨハネ10:10)。
自殺が死因のときに葬儀を執り行うには
ケンタッキー州ルイビルにあるオーバンデール・バプテスト教会で牧師を務めるブライアン・クロフト師は、「自殺の知らせほど、私たちの感情を揺さぶり、心に衝撃を与えるものはない」と書いています。ブライアンはこの自殺に関するシリーズで、彼の非常に実践的な良書『Conduct Gospel-Centered Funerals(福音中心の葬儀を執り行う)』(フィル・ニュートンとの共著)から一部を転載することを快諾してくれました。本書でブライアンは以下のように書いています。
大学2年のとき、帰省した際に聞いた知らせの衝撃を今でも覚えています。仲の良い友人の父親が自殺したと、母から聞かされたのです。私は父に「どうしてあの人、自殺しちゃったの」と聞きました。それに対する父の答えがずっと心に残っています。「あの人だけじゃない。自らの命を絶つ人がいるのはどうしてなんだ」。父は、自殺の理由を根掘り葉掘り詮索することはできるけれど、究極的には誰にもわからないことだと言いました。このようなとき、牧師に言えることはあるのでしょうか。
- 自らの命を絶つ人の心理は誰にもわからないことを認めましょう。だから、性急に何か決めつけることは避けなければいけません。精神的な病や身体の状態が、命を絶つという決断につながることもあります。英国国教会の有名な牧師で、讃美歌「アメイジング・グレイス(驚くばかりの恵み)」の作者でもあるジョン・ニュートンは、牧師としてウィリアム・カウパーを何年も支えました。ウィリアム・カウパーは18世紀に最も愛された賛美歌作家の一人ですが、ずっと鬱や物思い、自殺未遂に悩まされていたのです。(『Genius, Grief and Grace: A Doctor Looks at Suffering and Success』(Gaius Davies著))
- 亡くなった人の家族は、なぜ自殺してしまったのかを問うでしょう。牧師として家族と一緒に自殺の理由を探しても構わないのですが、感情が高ぶっているときに深く探り過ぎないように注意すべきでしょう。家族が罪悪感に苛まれるのは避けられません。牧師として目指すべきは家族を支えることです。家族が自殺の理由を知りたいのは、自殺に至らしめた自分たちの責任(自分たちが果たしてしまった「役割」)を知るためです。自らの命を絶つという決断は、自殺した本人のみに責任があることを伝えなければいけません。その上で、今後どのように生き方を改善し、他の人に仕えていくかを学ぶ機会だと捉えるように促しましょう。そして何よりも、イエス・キリストの福音のゆえに与えられる平安を指し示しましょう。
- 葬儀は、人生最悪の嵐にあっても、福音が私たちの錨であることを聖書的に示す機会です。このような状況で福音がどのように適用されるかを示すのが葬儀なのです。
何よりも、キリストを指し示しましょう。これが最も価値ある助言です。この堕落した世界で、罪人であり聖徒である仲間のクリスチャンに神の恵みと真理を伝える上では、自殺の理由など、私たちには死ぬまでわからないことは御手に委ね、聖書から真理として知っていることに集中して伝えなければならないことが多いでしょう。自殺は、罪が私たちの世界にもたらした痛みと悲しみを示す、最も悲惨なことのひとつです。ある人が自殺に至ったすべての要因を完全に知ることのできない私たちは、次の一点を確信しましょう。「死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するため」に進んでこの世に来てくださった御子イエス・キリストこそ、私たちの真の希望、永遠の希望の源です(へブル2:14-15)。 「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られ」ました(Iテモテ1:15)。神の愛の証であり、私たちの贖いの唯一の希望であるイエスを、私たち自身、見上げましょう。そして他の人にもイエスを忠実に指し示し続けていきましょう。
自殺願望のある人に示すことのできる希望
「人が自殺する理由は、結局のところひとつです。ほとんどの人は正気を失ったわけではありません。でも、すべての人が希望を失ってしまったのです。視野が狭くなり、自殺以外に有効な選択肢が見えなかったのです。自殺する人にとっては、自殺だけが唯一残された、理にかなった選択肢だったのです」(ブルース・レイ著、『Help! My Friend Is Suicidal(助けて!友だちが自殺しそう!)』)。
希望、真の希望、聖書的な希望、一時的なものではなく永遠のものに根ざす希望こそ、自殺願望がある人に解決をもたらします。希望は死から救い出すのです(詩篇33:19)。
希望の定義はたくさんありますが、ここでは私の定義を紹介しましょう。希望とは、神がご自分の約束を一つもたがわず誠実に果たしてくださることを確信をもって期待することです。
希望は神にあります。他の場所には見つかりません。これは何を意味するのでしょうか。どんな希望の上に、私たちは自分の思いを預けることができるでしょうか。いつも何かしらの考えで溢れている心にどんな真理を語り続ければ、私たちは落胆せず、内なる人を日々新たにしていくことができるのでしょうか(IIコリント4:16)。
- 希望は神中心です。「主よ 今 私は何を待ち望みましょう。/ 私の望み それはあなたです」(詩篇39:7)。結局のところ、物であれ、人であれ、希望は神以外のどこにも見つかりません。
- 希望はイエス・キリストに結びついています。聖書に「私たちの救い主である神と、私たちの望みであるキリスト・イエスの命令によって、キリスト・イエスの使徒となったパウロから」(Iテモテ1:1)とあります。「神にある希望」は、神と人との唯一の仲介者である御子を通して神と和解しなければ持ち得ません(Iテモテ2:5)。キリストにあって、私たちは「もっとすぐれた希望」を持っています(ヘブル7:19)。
- 希望は聖霊のみわざです。「どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安であなたがたを満たし、聖霊の力によって希望にあふれさせてくださいますように」(ローマ15:13)。
- 希望は復活に根ざしています。「もし私たちが、この地上のいのちにおいてのみ、キリストに望みを抱いているのなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」(Iコリント15:19-20)。私たちは「キリストを死者の中からよみがえらせて栄光を与えられた神を、キリストによって信じる者です。ですから、[私たち]の信仰と希望は神にかかっています」(Iペテロ1:21)。
- 希望は状況によって左右されません。「今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます」(ローマ8:18)。
- 希望は神の約束に焦点を当てます。信仰者である私たちは、「偽ることのない神が永遠の昔から約束してくださった、永遠のいのちの望みに基づ(いて)」(テトス1:2)生きています。
- 希望は神の善意とあわれみによります。「見よ 主の目は主を恐れる者に注がれる。/ 主の恵みを待ち望む者に。/ 彼らのたましいを死から救い出し / 飢饉のときにも 彼らを生かし続けるために」(詩篇33:18-19)。「自分には権利がある」という考えのもとでは、聖書的な希望は育ちません。
- 希望は、神がどんな方であるかを意図的に思い起こす心で育ちます。「私はこれを心に思い返す。それゆえ、私は言う。『私は待ち望む。主の恵みを。』実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。 『あなたの真実は偉大です』」(哀歌3:21-23)。
- 希望は、みことばの励ましの中にあります。「かつて書かれたものはすべて、私たちを教えるために書かれました。それは、聖書が与える忍耐と励ましによって、私たちが希望を持ち続けるためです」(ローマ15:4)。「私のたましいは あなたの救いを慕って / 絶え入るばかりです。/ 私はあなたのみことばを待ち望んでいます」(詩篇119:81)。
- 希望は、私たちを救う福音にあります。「それらは、あなたがたのために天に蓄えられている望みに基づくもので、あなたがたはこの望みのことを、あなたがたに届いた福音の真理のことばによって聞きました」(コロサイ1:5)。
- 希望は、信仰によって手に入れるものです。「私たちは、義とされる望みの実現を、信仰により、御霊によって待ち望んでいるのですから」(ガラテヤ5:5; ローマ5:2参照)。
- 希望は、キリストのような品性から生まれるものであり、そのような品性は苦しみからしか生まれないので、信仰者は苦しみから逃れることを求めるべきではありません。「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです」(ローマ5:3-4)。
最後に、信仰をともにする兄弟姉妹のみなさん。恵みによって与えられた、希望という神の祝祷に耳を傾け、それを信じようではありませんか。「どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、永遠の慰めとすばらしい望みを恵みによって与えてくださった方ご自身が、あなたがたの心を慰め、強めて、あらゆる良いわざとことばに進ませてくださいますように。」(IIテサロニケ2:16-17)。主よ、私たちを、希望を持って互いに助言し合う者にしてください。
大切な人を自殺で失い、残された人のための祈り
慰め主なる神よ。あなたは苦しみの時に、ご自分の子とされた者を慰めてくださいます。どうか、極度の喪失に悲しんでいる人々を慰めてください。毎日毎秒彼らの心をむしばむ、筆舌に尽くしがたい痛みに、癒しの御手を差し伸べてください。彼らがイエスを思い出すことができますように。イエスもまた、筆舌に尽くしがたい苦しみを受けられたがゆえに、悔い改めて信仰を持ったすべての罪人に対し、誠実であわれみ深い大祭司となってくださいます。このイエスに、彼らが駆け寄ることができるように、どうぞお助けください。
平和の神よ。彼らの心は今混乱しています。彼らの心を治めてください。心に渦巻く何千もの質問や「もし〇〇だったら」という思いを、平和の君であられるイエスのもとへ持っていくことができますように。イエスはどんな嵐も静めることがおできになります。聖霊の助けにより、彼らが思い煩いをあなたのもとへ祈りにして持っていくとき、どうか彼らの魂をすべての理解を超える平安で満たしてください。祈ることができないとき、あまりの悲しみで言葉が見つからないとき、真の信仰者のためには聖霊が代わりに祈ってくださることを、彼らが思い出せますように。
公正と義の神よ。あなたはすべてをご存知であるという真理で、彼らの心を落ち着かせてください。あなたは、彼らが自殺によって失ってしまった愛する人の魂の行方もご存知です。彼らが自分のものではない責任を自分に負わせないようにしてください。全知のさばき主であるあなたは、いつも公正によってさばかれる方であることを、彼らに思い出させてください。彼らが今、聖なる創造主の御前にある自分の魂に注意を払い、正しい人ではなく罪人を悔い改めに招くために来られた贖い主イエスのもとへ走るようにしてください。自分の救いと、イエス・キリストを信じる者に約束された永遠のいのちに、確信が与えられますように。
あわれみと恵みの神よ。彼らは今、死の陰の谷を歩いています。彼らとともに歩いてくださっているあなたのご臨在を知ることができますように。あなたの恵みが十分であることを、知識としてではなく、体験的に知ることができますように。彼らが昨日のあわれみの残りで今日を生きる必要はなく、今朝また新しく流れ出る新鮮なあわれみの泉から飲むことができるという真理に安らぎを得ますように。
真理の神よ。彼らをみことばの緑の牧場に優しく導いてください。彼らの傷つき、悩める魂が、あなたの正しいさばきと真実な約束によって養われますように。彼らを、キリストから流れる生ける水の川に導いてください。キリストは、「わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます」と言われました。
天の父なる神よ。今祈ったようなことはすべて、キリストにあって、キリストを通して、キリストのゆえにのみ、答えられることを覚えます。どうか彼らを、救い主の近くへ引き寄せてください。キリストは彼らを招き、彼らの重荷を代わりに担おうと手を差し伸べておられます。どうぞ彼らを愛の御腕で抱きしめてください。彼らがあなたをあわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神として、より深く知ることができますように。あなたがそのような神であられるからこそ、彼らの必要はすべて満たされます。この経験があったからこそ彼らもいつか、苦しみの中にある人たちを慰めることができますように。
[祈りの土台となった聖書箇所:IIコリント 1:3-6; へブル 4:15; Iテサロニケ 5:23; イザヤ 9:6; ピリピ 4:6-8; ローマ 8:26; マルコ 7:37; ダニエル 4:37; 詩篇 67:4; ルカ 5:30; Iヨハネ 5:11-13; 詩篇 23:4; IIコリント 12:9; 哀歌 3:21-23; 詩篇 23:2; 119:7; ヨハネ 4:14; IIコリント 1:20; マタイ 11:28-30.]
参考文献
Here are a number of resources that will help us grow in ministering God’s grace and truth related to suicide prevention and grieving a suicide.
Books, Booklets, and Articles
- Assessing and Counseling a Person with Suicidal Thoughts (Aaron Sironi)
- Gaining a Hopeful Spirit (Joni Eareckson Tada)
- Grieving a Suicide (David Powlison)
- HELP! My Friend Is Suicidal (Bruce Ray)
- I Just Want to Die (David Powlison)
- Life After the Suicide of a Loved One (Julie Gossack)
- Making Sense of the Suicide of a Christian (Jeffrey Black, CCEF)
- Right Thinking in a World Gone Wrong (John MacArthur, and GCC Pastoral Staff) – contains one chapter on a pastoral perspective of suicide
- Suicide: Understanding & Intervening (Jeffrey Black)
- When You Can’t Fix What’s Broken (Mike Emlet)
Free Online Links
- Can One Who Commits Suicide Be Saved? (John MacArthur)
- Do People Who Commit Suicide Go to Heaven? (Ed Welch)
- Funeral Meditation for a Christian Who Committed Suicide (John Piper)
- Suicide Assessment Tool (Bruce Ray)
- Suicide in the Church (Ab Abercrombie)
- Suicide, Salvation, and Eternal Security (Bob Kellemen)
- The Law & Counseling Pt 2 – Legal History and Climate (Bob Kellemen)
Audio/Video Links
- Dealing with Suicide (Bruce Ray)
- How to Counsel the Suicidal (Garrett Higbee)
- Taking People Seriously (Mike Emlet & Alisdair Groves, CCEF podcast)