しばらくのあいだ

1月9日 第9日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 01月 09日  - 

あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。
(ペテロの手紙第一5:10)

苦悩のただ中にあるとき、また日々の生活からくる普段のストレスの中で、私たちは「いつまでですか、主よ!」と叫ぶことがあります。「今日の痛みの先にあるものが見えません。明日はどうなるのでしょうか? その苦悩の中でも、あなたはそばにいてくださいますか?」

これは非常に切迫した質問です。なぜなら、イエスがこう言われるからです。「最後まで耐え忍ぶ人は救われます」(マルコ13:13b)。私たちは「恐れ退いて滅びる者」の一人ではないかと考え、おののきます(ヘブル10:39)。これは遊びではありません。苦難は、神の将来の恵みに対する信仰を脅かす恐ろしいものです。

だからこそ、悩み、重荷を抱えるクリスチャンに、ペテロがこのように約束しているのを聞くのはすばらしいことです。「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復させ、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます」(Iペテロ5:10)。

神は私たちが耐えられる範囲を超えて遅らせることはないという保証、私たちが嘆いている欠点を消し去ってくださるという保証、そして神が、長いあいだ淀んでいたものを永遠に確立させてくださるという保証——これらの保証は、「あらゆる恵み」の神からくるのです。

神は、いくらかの恵み、過ぎ去ってしまった恵みの神ではありません。このお方は、「あらゆる恵みに満ちた神」です。私たちが最後まで耐え抜くために必要な、限りなく尽きることのない将来の恵みが備えられています。

その将来の恵みに対する信仰は、過去の恵みの記憶によって力づけられます。その信仰こそが、いのちに至らせる狭く険しい道を耐える鍵となるのです。

 聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Only a Little While.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます: Only a Little While