5月28日 第149日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 05月 28日 - この記事は約2分で読めます。
「あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。」 (創世記50:20)
「あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。」
創世記37-50章で語られるヨセフの物語は、私たちがなぜ神の主権的な将来の恵みを信じるべきかを教えてくれる、すばらしい教訓の物語です。
ヨセフは兄たちによって奴隷として売られ、それがヨセフの忍耐を試す大きな試練となったことは言うまでもありません。しかしヨセフは、エジプトのポティファルの家で良い仕事が与えられます。ところが、思いがけない出来事にヨセフが正しく従順に振る舞っていると、ポティファルの妻は彼の誠実さに対して嘘をつき、ヨセフを投獄させます。またしても、忍耐が試される大きな試練です。
しかし、再び事態は良い方向に進み、監獄の長はヨセフに仕事を委ねて敬意を払うようになります。そしてヨセフが夢の解き明かしをしたことで、ようやくファラオの献酌官から救いの手を差し伸べられると思った矢先、献酌官はヨセフのことを2年間忘れてしまいます。またもや、苦痛に満ちた忍耐の試練です。
ついに、これまでのすべての回り道や先延ばしになったことの意味が明らかになります。ヨセフは、ファラオに次ぐエジプトの指導者として立てられます。そしてヨセフは、まさに彼を奴隷に売り飛ばした兄たちを飢饉から救うことになるのです。ヨセフは長らく疎遠になっていた兄たちに、こう言いました。「神が私をあなたがたより先にお遣わしになったのは、あなたがたのために残りの者をこの地に残し、また、大いなる救いによって、あなたがたを生き延びさせるためだったのです。……あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです」(創世記45:7; 50:20)。
追放され、虐げられた長い年月のあいだ、ヨセフにとって忍耐の鍵となったのは何だったのでしょうか? その答えは、神の主権的な将来の恵みを信じる信仰です。神の主権的な恵みによって、思いがけない場所、思いがけない遅れが、想像しうる限り最も幸せな結末に変えられることを信じたことです。
これは、私たちの忍耐の鍵でもあります。私たちは、人生の最も奇妙で苦痛に満ちた転機の中で、神が私たちのために働いてくださることを信じているでしょうか?