8月31日 第244日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 08月 31日 - この記事は約2分で読めます。
「見よ。わたしが選んだわたしのしもべ、/わたしの心が喜ぶ、わたしの愛する者。/わたしは彼の上にわたしの霊を授け、/彼は異邦人にさばきを告げる。/彼は言い争わず、叫ばず、/通りでその声を聞く者もない。/傷んだ葦を折ることもなく、/くすぶる灯芯を消すこともない。/さばきを勝利に導くまで。/異邦人は彼の名に望みをかける。 (マタイの福音書12:18-21; イザヤ書42章の引用)
「見よ。わたしが選んだわたしのしもべ、/わたしの心が喜ぶ、わたしの愛する者。/わたしは彼の上にわたしの霊を授け、/彼は異邦人にさばきを告げる。/彼は言い争わず、叫ばず、/通りでその声を聞く者もない。/傷んだ葦を折ることもなく、/くすぶる灯芯を消すこともない。/さばきを勝利に導くまで。/異邦人は彼の名に望みをかける。
御父の魂そのものが、御子のしもべのような柔和さと憐れみに歓喜しています。
葦がしおれて折れそうでも、しもべは癒されるまでそれを優しく高く掲げます。くすぶる灯芯がほとんど温かみを失っていても、しもべはそれを消すことはせず、手で覆って優しく息を吹きかけ、炎が再び燃えるのを助けます。
それゆえ、御父は叫びます。「見よ、わたしの心が喜ぶ、わたしのしもべ!」 御子の価値と美しさは、その威厳や柔和さから生まれるのではなく、これらが完璧な比率で混じり合うことから生まれるのです。
ヨハネの黙示録5章2節で、御使いがこう大声で告げます。「巻物を開き、封印を解くのにふさわしい者はだれか。」 すると、こう答えが返ってきます。「泣いてはいけません。ご覧なさい。ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利したので、彼がその巻物を開き、七つの封印を解くことができます」(黙示録5:5)。
神はユダ族の獅子の力を愛しておられます。だからこそ、神の目に、このお方は歴史の巻物を開き、終わりの日を展開するのにふさわしいのです。
しかし、まだ全体像は完成していません。獅子はどのように勝利するのでしょうか? 次の一節に、その姿が描かれています。「また私は、御座と四つの生き物の真ん中、長老たちの真ん中に、屠られた姿で子羊が立っているのを見た」(黙示録5:6)。イエスは、ユダ族の獅子としてだけでなく、屠られた子羊としても御父の喜びにふさわしいお方です。
これこそ、受肉した神である御子イエス・キリストの特別な栄光——威厳と柔和の見事なほどの融合です。