障壁のない喜び

10月4日 第278日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 04日  - 

「わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。あなたがわたしを愛してくださった愛が彼らのうちにあり、わたしも彼らのうちにいるようにするためです。」

(ヨハネの福音書17:26)

これが、イエスが死ぬ前夜に祈られた祈りです。想像してみてください——何よりも楽しいことを、無限のエネルギーと情熱で永遠に楽しむことができたら——。今の私たちの経験では、これはまだ実現していません。私たちがこの世で完全な満足を得るには、三つの障壁があります。

一つは、この被造物の世界の中には、私たちの心の奥底にある求めを満たすほど価値のあるものはないことです。

二つ目は、最も素晴らしい宝を最大限に味わう力が私たちには備わっていないことです。

そして完全な満足を妨げる三つ目の障壁は、私たちの喜びには終わりがあることです。永遠に続くものはありません。しかし、ヨハネの福音書17章26節でイエスが願い、祈られたことが実現するなら、これらすべてが変わります。イエスはこのように祈られました。「父よ、あなたがわたしを愛して下さった愛が、彼らのうちにあるように。」 御子を喜ぶ神の無限の愛が、私たちにあるように!

御子に対する神の喜びが、御子に対する私たちの喜びになるなら、私たちの喜びの対象であるイエスは、その価値において無限です。イエスは決して、私たちにとって退屈になったり、落胆させたり、苛立たせたりすることがありません。

神の御子ほど、想像しうる中で最も素晴らしい宝はありません。

さらに、この限りない宝を味わう力は、私たちの人間的弱さによって制限されません。私たちは、御父が御子を楽しむように、御子を楽しむことができるのです。このことをイエスは祈られたのです!

御子に対する神の喜びが私たちにあり、その喜びが私たちのものになるように——それは私たちが御子を喜ぶことです。そしてその喜びは決して終わることがありません。なぜなら、御父も御子も、終わることがないからです。

御父と御子との互いへの愛が、御父と御子に対する私たちの愛となり、それによって、御父と御子に対する私たちの愛は、決して死ぬことも衰えることもありません。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Joy Unbound .
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Joy Unbound .