1月1日 第1日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 01月 01日 - この記事は約1分で読めます。
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。 (コリント人への手紙第一15:10)
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。
恵みとは、私たちがそれに値しないときに神が良いことをしてくださる、という単なる神の性質だけではありません。恵みは神からの力そのものであり、私たちのうちに、そして私たちのために良いことを起こさせ、実現させます。
パウロのうちに神が働きかけたことでパウロが多く働いたのは、神の恵みでした。「神の恵みによって……私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。」 ですから、パウロが「自分の救いを達成するよう努めなさい」と言うとき、このように書き加えています。「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる方です」(ピリピ2:12-13)。恵みは、神から来る力であり、私たちのうちに、また私たちのために良いことを行わせます。
この恵みは過去でもあり、未来でもあります。未来から尽きることなく流れる恵みの川によって、過去の恵みの貯水池は豊かに増え続け、現在という小さな滝となった恵みは、途切れることなく流れ続けているのです。
あなたは今から五分間、あなたを支える恵みが未来から流れてくるのを受け取るでしょう。そして、その五分間に相当する恵みが過去の貯水池に貯められます。過去に経験した恵みに対する適切な反応は、感謝であり、未来に約束されている恵みに対する適切な反応は、信仰です。私たちは、昨年の過去の恵みに感謝し、新年の未来の恵みに確信を持つのです。