今日のためのあわれみ

4月16日 第107日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 04月 16日  - 

「主の恵みを。」 実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は偉大です。」

(哀歌3:22-23)

神のあわれみは朝ごとに新しい——それは、その日ごとに十分なあわれみがあるからです。神はその日ごとに悩みを割り当て、その日ごとにあわれみを割り当てられます。神の子どもとして生きる人生には、悩みとあわれみが完全に割り当てられているのです。イエスは言われました。「ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります」(マタイ6:34)。その日その日に、それぞれ悩みがあり、その日その日に、それぞれあわれみがあるのです。そのあわれみは、朝ごとに新しいあわれみです。

しかし私たちは、今日持っているもので何とか明日の重荷を負わなければならないと考え、絶望的になることがあります。神は、そうではないということを私たちに知ってほしいと願っておられます。今日のあわれみは、今日の悩みのためです。明日のあわれみは、明日の悩みのためにあるのです。

ときに、私たちは恐ろしい試練に立ち向かうだけのあわれみが与えられるだろうかと、思い巡らします。しかし、必ずあわれみは与えられるのです。ペテロはこう言っています。「もしキリストの名のためにののしられるなら、あなたがたは幸いです。栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです」(Iペテロ4:14)。非難されるとき、そこには栄光の御霊が注がれます。ステパノが石打ちにされたとき、同じことが起こりました。あなたにも起こるのです。御霊と栄光が必要なとき、必ずあなたはそれらを受けるのです。

荒野に降ったマナも、その日ごとに与えられました。備蓄しておくことはできませんでした。このようにして、私たちは神のあわれみに信頼しなければなりません。明日、あなたが負うであろう重荷のための力を、今日受け取ることはありません。今日のあわれみは、今日の悩みのためのものです。

明日はまた、新しいあわれみが与えられます。 「神は真実です。その神に召されて、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられたのです」(Iコリント1:9)。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Mercy for Today .
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Mercy for Today .