4月18日 第109日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 04月 18日 - この記事は約2分で読めます。
サウルもギブアの自分の家へ帰って行った。神に心を動かされた勇者たちは、彼について行った。 (サムエル記第一10:26)
サウルもギブアの自分の家へ帰って行った。神に心を動かされた勇者たちは、彼について行った。
この聖句に書かれてあることをよく考えてみてください。神が心を動かされたのです。妻でもなく、子どもたちでもなく、両親でもなく、カウンセラーでもありません。神です。神が、勇者たちの心を動かされました。
宇宙の中で、無限の力を持っておられるお方です。無限の権威、無限の知恵、無限の愛、無限の善意、そして無限にきよく、無限に正しいお方です。そのお方が、彼らの心を動かされました。
木星の円周が、どうやって分子の端を動かすことができるでしょうか? 核の中まで入り込むことすらできません。
神が心を動かされるとき、それが素晴らしいのは、そうされるのが神だからというだけではありません。動かされる、すなわち実際に触れてくださることが、素晴らしいのです。しかも心に触れてくださるのですから、なんと素晴らしいことでしょうか。神が関わってくださることは素晴らしいことです。しかも実際に触れてくださるなら、なおさらです。
勇者たちは、ただ神に語りかけられたのではありません。神の存在に影響されたのでもありません。神が彼らを見て、知っておられただけでもありません。神は、無限のあわれみをもって、勇者たちの心を動かされました。神はそれだけ、近づいてくださったのです。それでも勇者たちは、滅びることはありませんでした。
なんと慕わしいことでしょうか。私はもっともっと、触れていただきたいと思います。私も、あなたも、そうなることを願います。神の栄光とともに、そしてその栄光のために、神が私の心を新たに動かしてくださるよう祈ります。どうか神が、私たちすべての人の心を動かされますように。
おお主よ、来てください。触れるほどに、近づいてください。私たちを燃やし、浸し、吹き飛ばし、砕いてください。あるいは静かに、小さき姿で近づいてください。ここまで、来てください。どうか私たちの心を、動かしてください。