七つの喜びの源

5月5日 第126日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 05月 05日  - 

私は……どんな苦難にあっても喜びに満ちあふれています。

(コリント人への手紙第二7:4)

パウロが並外れていたのは、状況が悪いときでも、彼の喜びは信じられないほどに消えることがなかったことです。

その喜びはどこから来たのでしょうか?

第一に、この喜びはイエスから教えられたものでした。「人々があなたがたを憎むとき……あなたがたは幸いです。その日には躍り上がって喜びなさい。見なさい。天においてあなたがたの報いは大きいのですから」(ルカ6:22-23)。イエスのために受ける困難は、あなたの天国における益を増します。その益は、地上よりも長く続くのです。

第二に、喜びは聖霊から来るものであり、私たちの努力や想像力や家庭の教育によるものではありません。「御霊の実は……喜び」です(ガラテヤ5:22)。「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ」ました(Iテサロニケ1:6)。

第三に、喜びは神の国に属することによるものです。「神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和の喜びだからです」(ローマ14:17)。

第四に、喜びは神を信じることによる信仰を通して与えられます。「どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安であなたがたを満たし、聖霊の力によって希望にあふれさせてくださいますように」(ローマ15:13)。「このことを確信しているので、あなたがたの信仰の前進と喜びのために、私が生きながらえて、あなたがたすべてとともにいるようになることを知っています」(ピリピ1:25)。

第五に、喜びはイエスを主として見ること、そして主として知ることで与えられます。「いつも主にあって喜びなさい」(ピリピ4:4)。

第六に、喜びは、偽りに満ちた状況ではなく、こうした喜びの源に私たちが目を向けるよう助け働いてくれる信仰の仲間によって与えられます。「私たちは……あなたがたの喜びのために協力して働く者です」(IIコリント1:24)。

第七に、喜びは試練における聖化の効果として与えられます。「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです」(ローマ5:3-4)。

まだパウロのように、「喜びに満ちあふれています」と言うことができないなら、パウロは私たちがそうなるようにと招いています。「私がキリストに倣う者であるように、あなたがたも私に倣う者でありなさい」(Iコリント11:1)。そして私たちの多くにとって、それは熱心に祈ることへの招きでしょう。なぜなら、聖霊のうちにある喜びの人生は、超自然的な人生であるからです。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Seven Sources of Joy .
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Seven Sources of Joy .