5月11日 第132日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 05月 11日 - この記事は約2分で読めます。
味わい、見つめよ。主がいつくしみ深い方であることを。 (詩篇34:8)
味わい、見つめよ。主がいつくしみ深い方であることを。
神の栄光を一度も味わったことがないという人がいるとしたら、その人は少なくとも神の栄光の前菜は味わっているはずだと思います。
空を見上げたことがありますか? 誰かに抱きしめられたことがありますか? 暖かい暖炉の前で腰をおろしたことがありますか? 森の中を歩き、湖のそばに座り、ハンモックに身を委ねたことがありますか? 暑い日に好みのドリンクを飲み干したり、美味しいものを食べたりしたことはあるでしょうか?
すべての願望は、天の栄光への誠実か歪められた誘惑かのどちらかです。
神の栄光を味わったことがないと言うなら、私は、前菜は味わっているだろうと踏みます。どうぞ主菜を味わってはいかがですか。神ご自身を、味わってみてください。
誰もがその影を見ているのです。しかしどうか、その本質に目を向けてください。暖かい日の光の中を歩いたことがあるでしょう。振り返って、太陽そのものを見つめてください。そうです、福音という、あなたを守り、鮮明に見せるレンズを通して、見てください。神の栄光があらゆるところで響き渡るのを、あなたは聞いているはずです。どうかその音の源へと、心の周波数を合わせてください。
心の周波数を合わせる一番良い場所は、イエス・キリストの十字架です。「私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた」(ヨハネ1:14)。
最も凝縮された神の栄光を見たいなら、福音書に描かれるイエス、特に十字架上のイエスを見てください。そうするとあなたの目の焦点が合い、心の周波数が合わせられ、舌の味覚は敏感になります。それによってあなたは、真の神の栄光をあらゆるところに見て、聞いて、味わうことでしょう。
あなたはそのために造られたのです。どうか、お願いです。あなたの人生が、影だけで終わることがないように。神があなたを造られたのは、神の栄光を見て味わうようになるためです。どうか心を尽くして、他の何よりもこのことを追い求めてください。あなたはすでに、前菜を味わっています。さあ、盛大なごちそうを味わいませんか。