キリストにその価値はあるか

5月23日 第144日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 05月 23日  - 

「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分のいのちまでも憎まないなら、わたしの弟子になることはできません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」

(ルカの福音書14:26-27)

イエスは恥も遠慮もなしに、「最悪」を真っ向から言われます。家族を憎み(26節)、十字架を負い(27節)、財産すべてを捨てる(33節)という、クリスチャンであるゆえの痛みを伴う代償です。恵みの契約に、注意書きの小さな文字はありません。すべての文字が大きく、太字で書かれています。安い恵みはありません! 大きな代償を伴います! 来て、私の弟子になりなさい。

しかしサタンは、最悪を隠して、最良だけを見せます。サタンとの取引に関する重要事項は、すべて小さな文字で書類の裏側に印刷されています。

表には、大きな太字で、「あなたがたは決して死にません」(創世記3:4)、「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう」(マタイ4:9)と書いてあります。しかしその裏側には、小さな文字で(あまりに文字が小さいので聖書という虫めがねがないと読めません)、こう書いてあります。「そしてつかの間の快楽のあとは、私とともに地獄で永遠に苦しむだろう」、と。

サタンが最良だけを見せるのに対し、なぜイエスは、最良を示しながらも、「最悪」を見せられるのでしょうか? マシュー・ヘンリーはこう答えています。「サタンが最良だけを見せ、最悪を隠すのは、その最悪が最良と到底釣り合わないからである。キリストの最良は、最悪を大きく上回る。」

イエスの招きは、苦しみと自己否定への招きではありません。初めは宴会への招きなのです。ルカの福音書14章16-24節のたとえ話のポイントは、そこにあります。イエスはまた、この世での損失がすべて返済される、栄光に輝く復活を約束しておられます(ルカ14:14)。私たちが苦難を乗り越えられるように助けてくださる、とも言っておられます(ルカ22:32)。また、私たちの父が聖霊を与えてくださるとも言われます(ルカ11:13)。私たちが御国のために殺されたとしても、「あなたがたの髪の毛一本も失われることはありません」と約束してくださっているのです(ルカ21:18)。

つまり、イエスに従う代償を、一度座って計算し、「最悪」と「最良」を天秤にかけてみれば良いのです。イエスに従う価値があるどころか、これ以上の価値などないことがわかります(ローマ8:18; IIコリント4:17)。

サタンのほうは違うでしょう。だまし取ったパンはうまいかもしれません。しかし、後でその口は砂利でいっぱいになるのです(箴言20:17)。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Is Christ Worth It?.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Is Christ Worth It?.