恵みを拡大させる信仰

6月1日 第153日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 06月 01日  - 

私は神の恵みを無にはしません。

(ガラテヤ人への手紙2:21)

幼い頃、海水浴場で引き波がきて足がつかなかったとき、一瞬にして海の真ん中に引きずり込まれるかのような感覚がありました。

恐ろしい瞬間でした。何とか方向感覚を取り戻し、どちらが上なのかを確かめようとしました。しかし足が届かず、流れも強すぎます。泳ぎも得意ではありませんでした。

パニックに陥る中、私はただ一つのことを考えていました。誰かが助けてくれるだろうか? でも水の中からは叫ぶことすらできません。

父の手が私の上腕をものすごい握力で掴むのを感じたとき、それはこの世で最も甘美な感覚でした。私はその力に動かされるままに、完全に身を委ねたのです。父の一方的な意志によって抱き上げられたことを、私は心底喜びました。私はまったくの無抵抗でした。

大したことでもなかったと父に示そうとか、父の腕の力に自分も何とか加わろうとか、そんな考えは一切浮かびませんでした。唯一考えていたことは、これだけです。やった! お父さんが必要だったんだよ! ありがとう! お父さんの強さが大好き! お父さんが来てくれて嬉しい! 僕を掴んでくれる力強さ! お父さんってすごい!

この、愛情ゆえにすべてを明け渡す霊において、人は誇ることはできません。私はこの愛情ゆえの明け渡しを「信仰」と呼びます。そして父は、私が水中で切実に求めていた神の将来の恵みの体現者でした。これこそ、恵みを拡大させる信仰です。

クリスチャン人生をどのように歩むかを考えるとき、最も重要な考えは「神の恵みを無にするのではなく、むしろ拡大させるためにはどうすればよいか?」ということです。パウロはこの疑問に、ガラテヤ人への手紙2章19-21節で答えています。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです。私は神の恵みを無にはしません。」

なぜパウロのいのちは、神の恵みを無にしないのでしょうか? それは、パウロが神の御子に対する信仰によって生きるからです。信仰は、恵みにすべての注意を向けさせ、恵みを拡大させます。信仰は恵みを無にはしません。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, The Faith That Magnifies Grace.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:The Faith That Magnifies Grace.