アブラハムの子どもとは誰か

6月2日 第154日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 06月 02日  - 

「地のすべての部族は、/あなたによって祝福される。」

(創世記12:3)

キリストに希望を抱き、信仰の従順のうちにキリストに従う人は、アブラハムの子孫であり、アブラハムに与えられた契約の約束の相続人です。

創世記17章4節で、神はアブラハムに言われました。「これが、あなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。」 しかし創世記を読むと、アブラハムは物理的また政治的な意味で、多くの国民の父とはならなかったことは明らかです。したがって、神の約束の意味は、アブラハムとは物理的に無関係である人も、多くの国々が何らかのかたちで子としての祝福を享受することだったのでしょう。

神がアブラハムに語った創世記12章3節のことばは、間違いなくその意味でしょう。「地のすべての部族は、/あなたによって祝福される。」 神は初めから、イエス・キリストがアブラハムの子孫となり、キリストを信じるすべての人がアブラハムの約束の相続人となることをわかっておられました。パウロはガラテヤ人への手紙3章29節でこう言っています。「あなたがたがキリストのものであれば、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。」

ですから、神が4千年前にアブラハムに「これが、あなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる」と言われたとき、神は、属する国に関係なく、私たちの誰もがアブラハムの子ども、そして神の約束の相続人となる道を開いてくださったのです。私たちがすべきことは、アブラハムの信仰を共有することだけです。つまり、神の約束に望みを託すのです。それは従順が求められるなら、アブラハムがイサクを献げたように、私たちも自分の最も大切なものを献げるということです。

アブラハムの約束の相続人になるのは、私たちが神のために何かすることによるのではありません。神が私たちのために事を成してくださることを、確信することによるのです。「[アブラハムは]不信仰になって神の約束を疑うようなことはなく、かえって信仰が強められて、神に栄光を帰し、神には約束したことを実行する力がある、と確信していました」(ローマ4:20-21)。だからこそ、アブラハムは従順の先に道が無いように見えても、神に従うことができました。アブラハムは神が不可能を可能にするお方だと信じていました——息子を死からよみがえさせることさえも。

神の約束を信じる信仰、または今日ならば、キリストを信じる信仰こそが(キリストは神の約束を確立させるお方です)、アブラハムの子どもとなる方法です。従順は、信仰が本物だという証拠です(創世記22:12-19)。ですから、ヨハネの福音書8章39節でイエスはこう言われました。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行うはずです。」

アブラハムの子どもは、キリストに希望を抱くあらゆる国々の人々、そしてモリヤ山でのアブラハムのように、最も尊い地上の所有物を失おうとも、その希望ゆえに、従順をやめない人々です。

キリストに希望を抱き、信仰の従順のうちにキリストに従う人は、アブラハムの子孫であり、アブラハムに与えられた契約の約束の相続人です。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Who Are the Children of Abraham.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Who Are the Children of Abraham.