神に復讐を託す

7月5日 第187日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 05日  - 

愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。/「復讐はわたしのもの。/わたしが報復する。」/主はそう言われます。

(ローマ人への手紙12章19節)

恨みや復讐に傾きがちな私たちの衝動に打ち勝つために、このような約束はなぜ重要なのでしょうか? 理由は、この約束が怒りの裏に隠れる最も強力な衝動の一つに答えを与えるからです——その衝動はあながち間違いではない、と。

本当に悪いことをされることは、多々あります。ですから、そこに正義が成されるべきだと感じるのは、まったくの間違いではありません。間違いなのは、私たちはすぐその行動を起こさなければならないと感じたり、それが実現するまで苦い思いを抱え続けることです。これは、致命的な過ちと言えます。

私が神学生だったころ、ノエルと私は夫婦で参加するスモールグループに属していて、私たちはその集まりで個人的にかなり深い信頼関係を築いていました。ある夜、赦しと怒りについて話し合っていたときのことです。ある若い奥さんが、自分の若いころに母親がしたことを絶対に赦すことはできないし、赦すこともないだろうと打ち明けました。

私たちは、赦さない霊について聖書に記されている戒めや警告について、いくつか話しました。

  • 互いに親切にし、優しい心で赦し合いなさい。神も、キリストにおいてあなたがたを赦してくださったのです。(エペソ4:32)
  • しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しになりません。(マタイ6:15)

しかし彼女は一歩も譲りません。そこで私は彼女に、このような恨みを抱えたまま赦しを拒み続けるなら、彼女の魂そのものが危険にさらされると警告しました。それでも彼女は断固として、自分の母を赦すことはない、と言い続けました。

ローマ人への手紙12章に約束されている、この神のさばきの恵みは、私たちがこのような致命的な復讐と恨みの霊に打ち勝つための手段として与えられています。

パウロの論点は、すべての過ちは神によって解決されることを信じ、復讐が神のものである以上、私たちは神の御手に問題を委ねることができるというものです。そして、私たちが復讐心を捨てることができるように、パウロは「『わたしが報復する。』/主はそう言われます」という約束を与えています。

相手を赦すことのできない、苦い復讐心に満ちた霊から私たちを解放する約束は、神が私たちの支払いを担ってくださるという約束です。神は、私たちがするよりも、さらに公正に、さらにあわれみ深く、そしてさらに思慮深く、事を成してくださるでしょう。神はすべての罪を罰せられます。いかなる場合も、この罰を逃れる人はいません。神は、悔い改め信じる者のために、十字架上のキリストによって罰せられるか、悔い改めず信じない者を地獄で罰するかのどちらかです。ですから私たちは引き下がって、完璧なわざを成してくださる神のために、場所を明け渡しましょう。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Give God Your Revenge .
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Give God Your Revenge .