すべての必要に 恵みを

7月20日 第202日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 20日  - 

御顔を私に向け 私をあわれんでください。/あなたのしもべに御力を与え/……

(詩篇86:16)

将来の恵みこそ、詩篇の作者たちが絶えず祈り求めているものです。彼らはあらゆる必要が満たされるよう、何度も何度も祈っています。どのような緊急事態においても将来の恵みに日々頼るその姿は、私たちに美しい模範を示してくれています。

詩篇の作者たちが恵みを求めて叫ぶのは、このようなときです。

  • 助けが必要なとき:「聞いてください よ。/私をあわれんでください よ。/わたしの助けとなってください」(詩篇30:10)。
  • 弱いとき:「御顔を私に向け 私をあわれんでください。/あなたのしもべに御力を与え」(詩篇86:16)。
  • 癒しを必要とするとき:「よ 私をあわれんでください。/私は衰えています。/よ 私を癒してください」(詩篇6:2)。
  • 敵に苦しめられているとき:「よ 私をあわれんでください。/私を憎む者から来る私の苦しみをご覧ください」(詩篇9:13)。
  • 孤独なとき:「私に御顔を向け 私をあわれんでください。/私はひとり 苦しんでいます」(詩篇25:16)。
  • 悲しみのなかにあるとき:「私をあわれんでください。よ。/私は苦しんでいるのです。/私の目は苦悶で衰え果てました」(詩篇31:9)。
  • 罪を犯したとき:「よ あわれんでください。/私のたましいを癒やしてください。/私はあなたの前に罪ある者ですから」(詩篇41:4)。
  • 神の御名が国々のあいだで崇められることを願うとき:「どうか 神が私たちをあわれみ 祝福し/……/あなたの道が地の上で/……知られるために」(詩篇67:1-2)。

まぎれもなく、祈りは、聖徒の魂と将来の恵みの約束とを繋げる、素晴らしい信仰の結び目です。宣教が祈りによって支えられることを神が意図されたのであれば、宣教は将来の恵みを信じる信仰によって支えられるはずです。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Grace For Every Need.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Grace For Every Need.