7月22日 第204日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 22日 - この記事は約2分で読めます。
わがたましいよ/なぜ おまえはうなだれているのか。/なぜ 私のうちで思い乱れているのか。/神を待ち望め。/私はなおも神をほめたたえる。/私の救い 私の神を。 (詩篇42:11)
わがたましいよ/なぜ おまえはうなだれているのか。/なぜ 私のうちで思い乱れているのか。/神を待ち望め。/私はなおも神をほめたたえる。/私の救い 私の神を。
私たちは、失望という気落ちした霊と戦うことを学ばなければなりません。この戦いは、将来の恵みを信じる信仰の戦いです。神と神の与えてくださる将来の約束についての真理を、自分自身に語りかけることによって戦うのです。
詩篇42篇の作者も、このように戦っています。彼は自分の思い煩う魂に語りかけているのです。自らを咎め、議論します。彼の主な論拠は、将来の恵みです。「神を待ち望め! 将来において神があなたのために表されることを信じよ。賛美の日は近い。あなたに必要なのは、主の臨在があること、それだけだ。そして主は、永遠に私たちとともにいてくださると約束されたではないか。」
マーティン・ロイドジョンズは、この神の将来の恵みの真理を自分自身に語りかけるという戦法こそ、霊的スランプに打ち勝つために最も重要なことだと信じます。ロイドジョンズの非常に役立つ一冊、『霊的スランプ』で、彼はこのように書いています。
「信仰生活における幸福感の喪失のほとんどは、自己に語る代りに自己に聞き従っていることに起因することを洞察してほしい。 朝、目覚める時に浮んでくる思いを取り上げてみよう。あなたがその源ではないのに、その思いが語り始め、きのうの問題などを持ち出してくる。だれかが語っている。だれがあなたに語りかけるのだろうか。語っているのは、あなたの自己なのである。それに対して、この詩篇作者の対処法はどうだろうか。彼は自己が語るのを許さず、彼の方から自己に語りかけている。「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか」と問いかけている。彼のたましいは彼を抑圧し、意気消沈させていた。そこで彼はきっぱりと、「自己よ、しばらく耳を傾けよ。私がおまえに語る番だ」と宣言する。」 (D・M・ロイドジョンズ『霊的スランプ』いのちのことば社. 30-31頁)
「信仰生活における幸福感の喪失のほとんどは、自己に語る代りに自己に聞き従っていることに起因することを洞察してほしい。
朝、目覚める時に浮んでくる思いを取り上げてみよう。あなたがその源ではないのに、その思いが語り始め、きのうの問題などを持ち出してくる。だれかが語っている。だれがあなたに語りかけるのだろうか。語っているのは、あなたの自己なのである。それに対して、この詩篇作者の対処法はどうだろうか。彼は自己が語るのを許さず、彼の方から自己に語りかけている。「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか」と問いかけている。彼のたましいは彼を抑圧し、意気消沈させていた。そこで彼はきっぱりと、「自己よ、しばらく耳を傾けよ。私がおまえに語る番だ」と宣言する。」
失望との戦いは、神の約束を信じるための戦いです。そして、神の将来の恵みを信じることは、みことばを聞くことによって与えられます。ですから、神のことばを自分自身に語りかけることは、この戦いの真髄なのです。