7月25日 第207日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 25日 - この記事は約2分で読めます。
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。 (ペテロの手紙第一5:8-9)
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。
私たちの魂にとっての強敵は罪とサタンであり、とくに罪は最大の敵です。なぜなら、サタンが私たちを滅ぼす唯一の方法は、私たちを罪に陥れ、悔い改めから遠ざけることだからです。私たちを滅ぼすのは、赦されていない罪だけです。サタンではありません。
神は、ヨブになさったように私たちを痛めつけ、スミルナの聖徒たちにされたように私たちを殺すのに十分な鎖をサタンに与えることもあるでしょう(黙示録2:10)。しかし、サタンは私たちを罪に定めたり、永遠のいのちを奪ったりすることはできません。サタンが私たちに成しうる最大の悪は、私たちを罪に誘惑し、悔い改めから遠ざけることです。サタンはまさに、それを目標にしているのです。
ですから、サタンの主な仕事は、私たちの罪の傾向を擁護し、励まし、助け、刺激し、承認することです。そして、私たちを信仰と悔い改めから遠ざけるのです。
エペソ人への手紙2章1-2節にこうあります。「あなたがたは自分の背きと罪の中に死んでいた者であり、かつては、それらの罪の中にあって……空中の権威を持つ支配者……に従って歩んでいました。」 罪を犯すことは、この世のサタンの権威に「従う」ことです。サタンが道徳的な悪をもたらすとき、それは罪によってもたらされます。罪を犯すとき、私たちはサタンの支配権の下に入り、サタンに従っています。罪を犯すとき、私たちは悪魔に機会を与えているのです(エペソ4:27)。
審判の日に私たちを有罪とするのは、赦されていない罪だけです。病いや、苦悩や、迫害や、脅迫や、幻影や、悪夢によるのではありません。サタンはこれを知っています。だから、サタンの最大の目的は、クリスチャンを恐ろしい現象で怖がらせることではなく(このようなことも多く起こりますが)、いかにして彼らを無価値な流行や邪悪な思想で堕落させるかということなのです。
堅く信仰に立つことができず、不安定になっているときに、サタンは私たちを捕らえようと狙っています。サタンが滅ぼそうと狙っているもの自体が、その誘惑に私たちが打ち勝つ手段であるのも理にかなっています。だからペテロはこう言うのです。「堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい」(Iペテロ5:9)。パウロが、「信仰の盾」は「悪い者が放つ火矢をすべて消すことができ[る]」と言うのも同じ理由です(エペソ6:16)。
サタンを阻止する方法は、サタンが何よりも滅ぼそうとしているものを強力にしておくこと、すなわち、あなたの信仰です。