欲望と戦わないなら

7月27日 第209日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 27日  - 

たましいに戦いを挑む肉の欲を避けなさい。

(Iペテロ2:11)

姦淫の罪の中に生きている男性に対してその罪を指摘し、彼の状況を理解しようと努めながらも、どうか妻のもとに戻ってくれと懇願していたときのことです。私はこう言いました。「わかりますか。イエスは、自分の目をえぐり出しても良いほど真剣な姿勢でこの罪と戦わなければ、あなたは地獄にいき、そこで永遠に苦しむことになると言っておられるのですよ。」

自分はクリスチャンだと公言するこの男性は、今までそんなこと聞いたことがないかのように、完全なる疑いの目で私を見つめてこう言いました。「つまり、人は救いを失うこともある、と思っているんですか?」

私はこのように、あまりに多くの自称クリスチャンが救いの見解を持っていながら、それを現実の生活とは切り離し、それによって聖書の与える脅威を無効とし、自分をクリスチャンと呼びながら罪を犯しつづける人に聖書の警告がもはや届かなくなっている様子を、数えきれないほど目の当たりにしてきました。このようなクリスチャン生活の捉え方は、広い道を歩む何千人もの人々の慰めとなっているのでしょう。しかし、その道の先にあるのは滅びです(マタイ7:13)。

欲望と戦わないなら、天国に入ることはない、とイエスは言われました。「もし右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨てなさい。からだの一部を失っても、全身がゲヘナに投げ込まれないほうがよいのです」(マタイ5:29)。重要なのは、真のクリスチャンは必ず戦いに勝利するということではありません。戦う決心をすることが重要であり、失敗なく成功させることではありません。私たちは罪と平和を保つことはしません。罪と戦争をするのです。

この戦いは、世界が一千発の長距離ミサイルで吹き飛ばされたり、テロリストがあなたの街を爆撃したり、地球温暖化で氷冠が溶けたり、エイズ患者が世界で急増したりするよりも、はるかに大きなリスクを負う戦いです。これらの災難には、肉体を殺すこと以上のことはできません。しかし、私たちが欲望と戦わないなら、魂を永遠に失うことになります。

ペテロは、肉の欲はたましいに戦いを挑む、と言いました(Iペテロ2:11)。この戦いのリスクは、世界中のどんな戦争やテロ攻撃よりも無限に厳しいものです。使徒パウロは「淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、貪欲」を列挙した後、「これらのために、神の怒りが不従順の子らの上に下ります」と述べました(コロサイ3:5-6)。そして、神の怒りとは、世界中の国々の怒りを合わせても足りないほどの、計り知れないほど恐ろしいものです。

どうか神が、私たちの魂と他の人の魂と真剣に向き合い、戦い続ける恵みを与えてくださいますように。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, If You Don’t Fight Lust.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:If You Don’t Fight Lust.