殉教者のための神の計画

7月29日 第211日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 29日  - 

すると、彼ら一人ひとりに白い衣が与えられた。そして、彼らのしもべ仲間で、彼らと同じように殺されようとしている兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように言い渡された。

(ヨハネの黙示録6:11)

およそ300年の間、キリスト教は殉教者たちの流した血に浸された土壌で広がっていきました。

トラヤヌス皇帝(紀元98年ごろ)の時代までは、迫害は許されていましたが合法ではありませんでした。トラヤヌス皇帝からデキウス皇帝の統治時代(紀元250年ごろ)の間、迫害は合法となりました。そして、キリスト教徒を憎み、自身の改革への彼らの影響力を恐れたデキウス皇帝の時代から、311年の最初の宗教寛容令が出されるまでにおいては、迫害は合法であっただけでなく、むしろ広く一般化されていました。

ある作家が、この第三の時代の状況をこのように記しています。

会衆の至るところに、恐怖が広がっていた。ラプシ(背教者、脅されて信仰を棄てた者)たちの数は、膨れ上がっていた。しかし、堅く立ち、屈服することなく殉教の死を遂げる者もまた、後を絶たなかった。そして迫害がさらに広がり、激しさが増すにつれて、クリスチャンたちの熱心と抵抗の力はますます強くなっていった。

すなわち、300年もの間、クリスチャンでいることは自分の命と、所有物と、家族に計り知れないほどの危険をもたらす行為だったのです。あなたが最も愛するものは何であるかが試されました。それを試される究極の結果が、殉教だったのです。

そして、その殉教の上には、殉教者の数は限られていると言われる、主権者なる神がおられました。殉教者たちには、教会を開拓し力づけるための特別な役割がありました。神に仕えるのは、たかだか人生の好転を期待してのことだろう、と常にささやく、サタンの口を閉ざすという役割です。ヨブ記1章9-11節のサタンの言葉は、このことです。

殉教は、偶然に起きたことではありません。神が油断して起こったのでも、予想外の出来事でもありません。そして、これは断固として、キリストのための働きを戦略的に敗北させたのでもありません。

一見すると敗北に見えるでしょう。しかし、これは天において計画されたものであり、いかなる人間の戦略家もこれを考え計画することは絶対にできません。そしてこの計画は、すべてを満たす神の恵みを信じる信仰によって、最後まで耐え忍ぶすべての者に、勝利をもたらすのです。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, God’s Plan for Martyrs.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:God’s Plan for Martyrs.