8月15日 第228日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 08月 15日 - この記事は約1分で読めます。
キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは……あなたがたを神に導くためでした。 (ペテロの手紙第一3:18)
キリストも一度、罪のために苦しみを受けられました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは……あなたがたを神に導くためでした。
良い知らせ——福音——の最高に「良い」ことは、神ご自身との交わりを楽しむことです。そのことが、このペテロの手紙第一3章18節の「それは……あなたがたを神に導くためでした」という言葉に明確に示されています。このためにイエスが死なれたのです。
福音の他の賜物は、すべてこの一つを実現するために存在しています。
心に問いかけてみてください。あなたはなぜ、赦されたいのですか? あなたはなぜ、義と認められたいのですか? なぜ神の怒りが宥められることを望むのですか? なぜ永遠のいのちが欲しいのですか? 決定的な答えはこれしかないはずです。「なぜなら、神を今も、永遠までも、楽しみたいからです。」
神の与える福音の愛は、究極的には神ご自身への賜物です。それは、私たちが造られた理由でもあり、私たちが罪のために失ったものでもあります。そしてキリストが来られ、回復してくださったのも、この賜物です。