神の方法による教会の成長

8月30日 第243日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 08月 30日  - 

すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもなのではなく、むしろ、約束の子どもが子孫と認められるのです。

(ローマ人への手紙9:8)

旧約聖書のアブラハムが、教会の牧師だと想像してみましょう。主がこう言われます。「わたしはあなたを祝福し、あなたの宣教の働きを大いなるものとしよう。」 しかし教会は実を結ばず、子孫がありません。

アブラハムはどうするでしょうか? 彼は、超自然的な力の介入に希望を失うようになります。自分は年老いていくばかりで、妻も不妊のままです。そこでアブラハムは、超自然的な力の介入に頼らず、神に約束された息子をもたらすことを決意します。アブラハムは妻の召使ハガルと性交するのです(創世記16:4)。しかし、その結果与えられたのは、「約束の子」ではなく、「肉の子」イシュマエルでした。

神は、「わたしは……彼女[サラ]によって必ずあなたに男の子を与える」と言い(創世記17:16)、アブラハムは唖然とします。これを聞いたアブラハムは、神に叫びました。「どうか、イシュマエルが御前で生きますように」(創世記17:18)。アブラハムは、自分で成し遂げた自然的かつ人間的な努力が、神の約束の成就として認められることを願ったのです。しかし神は言われました。「いや、あなたの妻サラが、あなたに男の子を産むのだ」(創世記17:19)。

しかし、サラは90歳です。しかも生涯不妊であり、とうに閉経していました(創世記18:11)。アブラハムは100歳です。子どもの約束への唯一の希望は、驚くべき、超自然的な力の介入しかありません。

これこそ、「約束の子ども」の意味するところです。すなわち、「血によってではなく、肉の望むところによってでもなく、ただ神によって生まれ」ることです(ヨハネ1:13)。この世界で神の子どもと呼ばれるにふさわしい子どもは、唯一、超自然的な力によって生まれた約束の子どもだけです。ガラテヤ人への手紙4章28節で、パウロはこう言っています。「兄弟たち[クリスチャンたち]、あなたがたはイサクのように約束の子どもです。」 あなたは肉によって生まれたのではなく、「御霊によって生まれた」からです(ガラテヤ4:29)。

さて、もう一度、アブラハムが牧師であると想像してみてください。彼の教会は、神が約束してくださったと信じている通りには成長していません。彼はもう、超自然的な力の介入を待つことに疲れています。「ハガル」という名の、人間的な解決に過ぎないものに手を伸ばし、聖霊による超自然的な力などなくても「人々を魅了できる」と決め込んでいます。

しかし、それはイサクの教会にはなりません。イシュマエルの教会になるでしょう。すなわち肉の子どもであり、神の子どもではありません。神よ、このような破滅的な成功から私たちを救ってください。当然私たちは、働きます。しかし、主が決定される、主による超自然的な働きから目を離してはいけません。「戦いの日のためには馬が備えられる。しかし、救いはによる」(箴言21:31)。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Church Growth God’s Way.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Church Growth God’s Way.