10月9日 第283日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 09日 - この記事は約1分で読めます。
しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。 (コリント人への手紙第一1:23-24)
しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。
私たちが創造主のさばきを受けること、そして神がご自身の栄光の尊さを保つため、その義なるご性質ゆえに私たちの罪に対して永遠の怒りを注がざるを得ないこと、これらの恐ろしい知らせに対して、福音の素晴らしい知らせがあります。
この真理は、誰も自然から学ぶことはできません。この福音の真理は教会で、また宣教師によって、隣人に語られなければなりません。
福音とは、全人類を有罪にすることなく、神がご自身の義の要求を満たす方法を定められたということです。
地獄は、罪人の負債を清算し、神の義を守る一つの方法です。しかし、別の方法もあります。神は、その別の方法を備えられました。これが福音です。
神の知恵は、神の愛ゆえに、神の義を損なうことなくその怒りから私たちを救い出す道を定めました。それが、福音です。もう一度、ゆっくり言いましょう。神の知恵は、神の愛ゆえに、神の義を損なうことなく、その怒りから私たちを救い出す道を定めたのです。
では、この知恵とは何でしょうか? 罪人のための、神の御子の死です! 「私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます……神の力、神の知恵であるキリストです」(Iコリント1:23-24)。
キリストの死は神の知恵であり、それによって、神の愛は罪人を神の怒りから救い、同時にキリストにあって神の義を守り、示すのです。