10月14日 第288日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 10月 14日 - この記事は約2分で読めます。
「彼の道を見たが、/それでもわたしは彼を癒やす。/わたしは彼を導いて、/彼とその嘆き悲しむ者たちに、/慰めを報いる。/わたしは唇の実を創造する者。/平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。/わたしは彼を癒やす。/——主は言われる——」 (イザヤ書57:18-19)
「彼の道を見たが、/それでもわたしは彼を癒やす。/わたしは彼を導いて、/彼とその嘆き悲しむ者たちに、/慰めを報いる。/わたしは唇の実を創造する者。/平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。/わたしは彼を癒やす。/——主は言われる——」
人間の反逆と強情という病がどれだけ深刻であろうとも、神は癒してくださいます。では、どのように癒されるのでしょうか? イザヤ書57章15節に、神は砕かれた人、へりくだった人とともに住む、と書かれています。しかし、イザヤ書57章17節の人々は、へりくだっているように見えません。彼らは恥知らずにも、自分たちの思う道を追い求めています。では、癒しとは何でしょうか?
答えは一つしかありません。神は彼らをへりくだらせることで、彼らを癒されるのです。神は病にかかっている人のプライドを砕くことによって癒しを与えられます。もし、砕かれた人、へりくだった人だけが神との交わりを享受するなら(イザヤ57:15)、そしてイスラエルの病がその高慢と強情な反逆であるなら(イザヤ57:17)、神の癒しは人をへりくだらせ、その治療がもたらすのは砕かれた霊でなければなりません。
このイザヤの預言は、まさにエレミヤが語った新しい契約と新しい心が与えられるという預言ではないでしょうか。エレミヤはこう告げました。「見よ、その時代が来る——主のことば——。そのとき、わたしはイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ。……わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる」(エレミヤ31:31, 33)。
イザヤもエレミヤも、病んでいる人、不従順な人、心が頑なな人が超自然的な力によって変えられるときが来ることをわかっているのです。イザヤは癒しという言葉で語り、エレミヤは彼らの心に書き記される律法という言葉で語っています。そしてエゼキエルは、このように表現しています。「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える」(エゼキエル36:26)。
つまりイザヤ書57章18節の癒やしとは、心臓移植の大手術です。かつての頑なで高慢で強情な石の心は取り除かれ、柔らかく柔軟な新しい心が移植されます。この新しい心は、過去の罪や、まだ残っている罪によって容易にへりくだり、砕かれます。
この心は、聖なる御名を持つ高き方が永遠に住まわれる心です。