11月27日 第332日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 11月 27日 - この記事は約2分で読めます。
歌をもって 私は神の御名をほめたたえ/感謝をもって 私は神をあがめます。 詩篇69:30
歌をもって 私は神の御名をほめたたえ/感謝をもって 私は神をあがめます。
「あがめる」と訳されている[原語の英訳]「magnify」は二つの「拡大する」という意味があります。一つは顕微鏡の拡大、もう一つは望遠鏡の拡大です。前者は小さい物を実際より大きく見せること、後者は大きなものを本来の大きさに近づけて見せることです。
ダビデが「感謝をもって 私は神をあがめます(I will magnify……)」と言うとき、彼は「小さい神を実際より大きく見せる」と言っているのではありません。ダビデが意味しているのは、「大きな神を、本来の大きさに近づけて見せる」ということです。
私たちは顕微鏡ではなく、望遠鏡になるよう召されています。クリスチャンは、本当は別の商品の方が優れているとわかっていながら、自分たちの商品を実際よりも誇張して見せる詐欺師のような存在ではありません。何も、何者も、神より優れているものはありません。ですから、神を愛する人は、神の偉大さを本来の偉大さに近づけて見せることに召されているのです。
私たちはそのために存在し、そのために救われています。ペテロの手紙第一2章9節で、ペテロがこう述べているとおりです。「あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。」
クリスチャンとしての務めはすべて、この一つのことに要約できます。すなわち、神の本当の偉大さを見せるように、感じ、考え、行動するのです。夜空の数えきれない星のように輝く神の栄光の富を、この世に映し出す望遠鏡になろうではありませんか。
クリスチャンにとって、神を「拡大する(magnify)」または「あがめる」とは、このことを意味するのです。しかし、自分で見たことのないもの、あるいはすぐに忘れてしまうものを拡大することはできません。
ですから私たちが最初にすべきことは、神の偉大さと善良さを見て、忘れないでいることです。そのために、「私の心の目を開いてください!」(エペソ1:18)と神に祈り、「主が良くしてくださったことを何一つ忘れませんように!」(詩篇103:2)と魂に語りかけましょう。