2月10日 第41日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 02月 10日 - この記事は約1分で読めます。
もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。 (ヘブル人への手紙11:15-16)
もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。
信仰は、神が与えてくださる約束された将来を見据え、それに「憧れ」ます。「実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。」 このことについて、少しのあいだじっくり考えてみましょう。
救いを与える信仰とは何であるかを、水で薄めてしまう人は決して少なくありません。自分の憧れや求めるものは変えないまま、ただ決断をすれば良いと考えているのです。しかし、聖書の中でも偉大な信仰の章とされるこの箇所(ヘブル11章)が伝えているのは、信仰によって生きること、そして死ぬことは、新しい憧れを持つことであり、新しい満足を求めることなのです。
14節に、昔の信仰者たち(ヘブル11章で称賛に値する信仰を持っていたとされる人々)は、この世が与える故郷とは違う故郷を求めていたとあります。そして16節には、現在地上にあるものが与えるものより良いものに憧れていた、と書いてあるのです。「彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。」
彼らは神に夢中だったあまりに、神とともにいることよりも劣るものでは満足できなかったのです。
どうでしょうか。これが本当の、救いを与える信仰です。神の約束を先に見据え、価値観の変化を体験させる、そのような信仰です。それによって、あなたはこの世が与えるどんなものよりも、神の約束に憧れ、それを追い求め、それに信頼するようになるのです。