従うことができないと感じるとき

2月16日 第47日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 02月 16日  - 

信仰によって、アブラハムは試みを受けたときにイサクを献げました。(ヘブル人への手紙11:17)

(ローマ人への手紙8:28)

今、みなさんの中の多くの人が——また他の人にもその時は来るでしょう——従順は夢の終わりであるかのように感じています。神のことば、または神の霊があなたに求める行動を示していますが、その通りにすれば、あなたは自分が惨めになり、神がそのすべてを益としてくださるはずはないと感じているのではないでしょうか。

神が今あなたに命じておられること、あなたを召しておられることは何でしょうか。独身を貫くこと、今の仕事を続けること、またはその仕事を辞めること、洗礼を受けること、職場でキリストについて堂々と発言すること、正直でいるための基準を断固妥協しないこと、罪を犯している人に立ち向かうこと、新しい事業を始めること、宣教師になることでしょうか。そしてそれを、自分の限界ある頭で考えるとき、恐ろしい結末しか思い浮かびません。それは、相続人となりうる唯一の息子イサクを失うようなものです。

あらゆる人間的角度から考えても、到底良い結果が待っているとは思えません。

まさにそれが、アブラハムの思いでした。聖書の中にこの物語が入っているのは、あなたのためです。

あなたは神を何よりも求め、神の方法、神の約束を何よりも求めますか? 神があなたの信仰と従順とを尊ぶことができ、事実尊んでくださり、神はあなたの神と呼ばれることを恥となさらないことを信じますか? 神がすべての知恵と力と愛を用いて、従順の道をいのちと喜びの道へと変えてくださることを、信じますか? 

あなたは今、この分岐点に立っています。神を求めますか? 神を信頼しますか? 神があなたに向かって語っておられます。神はあなたの従順にふさわしく、神に不可能なことはない、と。 

 聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, When Obedience Feels Impossible.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます: When Obedience Feels Impossible