1月8日 第8日
ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 01月 08日 - この記事は約2分で読めます。
イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神は違います。神にはどんなことでもできるのです。」 (マルコの福音書10:27)
イエスは彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことです。しかし、神は違います。神にはどんなことでもできるのです。」
ここには、自分が世界に出ていく者として、あるいは送り出す者として、世界に目を向けたクリスチャンとなること、また辺境地域での宣教のために献身することへの大きな2つの励ましが、イエスから与えられています。
イエスの宣教のための処方箋に従うと、痛みを伴う副作用ですら、私たちの状態を改善させる方向へと働くことがわかります。私たちの霊的健康状態、喜びは、100倍にもなるのです。そして私たちは、死んでも死ぬことはありません。永遠のいのちを得ているからです。
私は、キリストのために勇気を振り絞って、犠牲を捧げましょうと訴えているのではありません。あなたが持っているすべてのものを捨て、最も深い願いを満たす人生を手に入れてほしいと訴えているのです。王の王に仕えるという、この上ない価値ある人生のために、他のものはすべて無駄だと考えるように訴えています。店先で買ったみじめな布切れを脱ぎ、神の使者の衣を着るよう訴えています。
迫害もあれば、欠乏も必ず経験するでしょう。しかし、喜びを忘れないでください! 「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです」(マタイ5:10)。
1956年1月8日、エクアドルのワオラニ・インディアン5人が、ジム・エリオット宣教師の他4人の宣教師仲間を殺害しました。宣教師たちは、60人のワオラニ族に福音を伝えようとしていたのです。
4人の若い妻たちが夫を失い、9人の子供たちが父親を失いました。エリザベス・エリオットは、世間はこの出来事を悲劇の悪夢と呼んだ、と書いています。しかし彼女は、こう続けました。「世界は、ジム・エリオットの信条・第二条に記された真実を認識しませんでした。そこにはこうあります。『失くし得ないものを得るために、所有し得ないものを与える人は愚か者ではない。』」