自分の敵のために祈るということ

4月7日 第98日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 04月 07日  - 

自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。

(マタイ5:44)

敵のために献げる祈りは、最も深い愛のかたちの一つです。なぜなら、相手に良いことが起こることを本当に願わなければならないからです。

敵に対して何か親切なことをしながら、本当は相手が良い方向に向かうことを願っていないこともあります。しかし、敵のために祈ることは、あなたの心を知っておられる神の臨在の中で行うことであり、彼らのために神にとりなすことを意味します。

その祈りは、その人の回心のための祈りでしょうか。その人が悔い改めるための祈りでしょうか。心に抱える憎しみに、その人が気づくための祈りでしょうか。その人が病気や災難に見舞われようとも、なんとか罪のスパイラルに陥るのを止めるための祈りかもしれません。しかし、イエスが教えておられる祈りは、常に相手に良いものを願う祈りです。

イエスは、十字架にかけられてこう祈られました。

父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。(ルカ23:34)

ステパノは、石を投げつけられながらこう祈りました。

そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」(使徒7:60)

イエスは私たちが敵に挨拶したり、彼らの必要を満たしたりして、ただ敵に対して良いことをするように私たちを召しておられるのではありません(マタイ5:47)。イエスは、敵がどこにもいないときでも、相手の最善を願い、その願いを祈りの中で言い表すように、私たちを召しておられます。

私たちの心は、敵が救われることを願い、彼らが天にともにいることを願い、彼らの永遠の幸せを願うべきです。どうか神が、パウロのように祈る恵みを私たちに与えてくださいますように。パウロは、多くのユダヤ人から迫害を受けたにもかかわらず、彼らのためにこう祈りました。私の心の願い、彼らのために神にささげる祈りは、彼らの救いです。(ローマ10:1)

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, What It Means to Pray for Your Enemy .
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:What It Means to Pray for Your Enemy .