いのちより重要な任務

7月14日 第196日

ジョン・パイパー(著者) 、楠 望(翻訳) - 2024年 07月 14日  - 

「けれども、私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。」

(使徒の働き20:24)

新約聖書によると、「福音を証しする任務(ministry)」、すなわち宣教は、クリスチャンであれば誰もがすることです。エペソ人への手紙4章11-12節には、牧師は聖徒たちを整えて宣教の働きをさせる役割があると書かれています。しかし、実際にその働きをするのは普通のクリスチャンの人々です。

任務がどのようなものであるかは、クリスチャンの数だけ千差万別です。長老や執事などの役職とは違い、宣教はキリストに最大限に尽くし、人々の必要に応える、ライフスタイルそのものです。

それは、「すべての人に、特に信仰の家族に善を行」うことを意味します(ガラテヤ6:10)。銀行員であれ、レンガ職人であれ、私たちは人々の信仰ときよさが、神の栄光に達するよう努めているのです。

任務を全うすることは、生き延びることより重要です。極めて献身的な人を見て、大きな感動を覚えるのは、この確信のためです。そのような人のほとんどは、使徒の働き20章24節でパウロが自分の任務について語ったように話します。「私が自分の走るべき道のりを走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音を証しする任務を全うできるなら、自分のいのちは少しも惜しいとは思いません。」 神が私たちに与えておられる任務を遂行することは、いのちより重要なことなのです。

任務を遂行するためには、いのちを守らなければならないのでは、と思う人もいるでしょう。しかし実際は、あなたがいのちをどのように失うかが、あなたの任務の頂点となり得るのです。わずか30代でいのちを献げられたイエスは、間違いなくそうでした。

私たちは、自分の任務を全うするために生き延びることを心配しなくて良いのです。神だけが、私たちの奉仕の定められた時を知っておられます。神は、私たちの死が、決して任務の中断となるのではなく、任務を終える最後の行為となるように決定づけられます。

ヘンリー・マーティンが言った通りです。「もし[神]が私にやるべき仕事を与えておられるなら、私は決して死なない。」 つまり私は、私の働きを完遂するまでは不死身です。したがって、宣教の任務はいのちより重要なのです。

聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会

THIS ARTICLE HAS BEEN TRANSLATED AND USED WITH PERMISSION FROM DESIRING GOD. THE ORIGINAL CAN BE READ HERE, Ministry – More Important Than Life.
この記事は「DESIRING GOD」から許可を得て、英語の原文を翻訳したものです。原文はこちらからご覧いただけます:Ministry – More Important Than Life.